当時、「某妖怪」は社会現象を巻き起こしていたこともあり、YouTubeでもそのゲームの実況動画が数多くアップロードされていた。小学生から大人まで、多くの人々がその人気に熱狂し、関連グッズは飛ぶように売れ、主題歌を歌う子どもたちの声が街のあちこちで響き渡っていた。
そんな社会現象を巻き起こした作品だからこそ、ゲーム実況の世界でもその勢いは凄まじく、多くのYoutuberが「某妖怪」の動画を上げていた。
俺が特に好んで見ていたのは、やはり「某ゆっくり実況のYoutuberさん」の動画だった。
彼らの動画は、単にゲームプレイを流すだけでなく、キャラクターの可愛らしい声と巧みな編集で、ゲームの魅力を最大限に引き出していた。
テンポの良い掛け合い、ユーモラスなツッコミ、そして時には深く考察するような解説。
それら全てが、俺の心を惹きつけ、飽きさせなかった。その動画を見ていると、まるで自分がその場にいるかのように、一緒に冒険しているような気分になった。画面の向こうの彼らの喜びや驚きが、ダイレクトに俺の心に響いてきた。
彼らの動画を見ていて、俺は強く思った。
「俺もこんな風に、自分の好きなゲームの面白さを、たくさんの人に伝えたい!この『某妖怪』の魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたい!」
しかし、当時の俺は、この熱い思いとは裏腹に、ある大きな問題に直面していた。
それは、某妖怪の使用していたゲーム機が「ニンテンドー3DS」だったことだ。
憧れのゲーム実況者たちが、PCの大きな画面でゲームプレイを映し出し、まるでテレビ番組のようなクオリティで動画を制作しているのに対し、俺の手元にあるのは、小さく、そして携帯性に特化したゲーム機だったのだ。
現代、つまり2025年になった今となれば、Switchなどのゲーム機にはHDMI出力端子が標準で搭載されているため、キャプチャーボードを介してPCに映像を取り込み、簡単にゲーム実況動画を制作することができる。高画質での録画も、特別な知識なしに可能だ。
だが、2015年当時は、そうはいかなかった。
「ニンテンドー3DS」でゲーム実況動画を制作するには、とてつもなく高い壁が立ちはだかっていたのだ。
それは、「魔改造」と呼ばれる特殊な改造を本体に施す必要があったことだ。3DS本体を分解し、内部の基盤に直接配線を施して映像出力端子を取り付ける。そんな複雑で繊細な作業が必要だったのだ。
俺はインターネットでその「魔改造」について調べたことがある。
動画共有サイトでは、実際に改造を行うYoutuberの動画や、改造方法を解説するブログ記事がいくつか見つかった。しかし、それらを見ただけで頭を抱えたくなるほど、その作業は精密で、そしてリスキーだった。半田ごてを使い、ミクロン単位の細い配線を、わずか数ミリしかない基盤の接点に繋ぐ。
少しでも手を滑らせれば、内部の回路がショートしたり、重要な部品が破損したりすることは目に見えていた。それは、まるで外科手術を行うかのような繊細さを要求される作業だった。
当時の俺に、そんな高度な技術があるはずもなかった。手先は不器用ではないものの、電子工作の経験など皆無だったからだ。
そして、この「魔改造」には、当然ながら非常に大きなデメリットが伴った。
それは、製造メーカーの保証対象外となることだ。一度改造してしまえば、万が一本体が故障しても、任天堂は一切修理を受け付けてくれない。高価なゲーム機が、一瞬にしてただのガラクタになってしまうリスクを抱えることになった。当時の俺は高校生で、ゲーミングPCこそ親に買ってもらったものがあったが、ゲーム機を自分で購入できるほどの経済力はなかった。
3DSも、親が苦労して買ってくれた大切なものだった。
そんな親に、何の相談もなく、リスクを冒して改造を施すことなど、とてもじゃないができなかったのだ。
親の「変化への恐怖」や「プライバシー」への懸念を考えれば、なおさらだった。彼らの安定志向と、俺が求める創造性との間で、大きなジレンマが生じていた。
「無理だ…これじゃあ、俺にはできない…」
Youtuberになりたいという夢は膨らむばかりなのに、目の前にはとてつもなく高い、そして越えられない壁が立ちはだかっていた。まるで、目の前に宝の山があるのに、それを取るための道具が何もないような、そんな絶望感を覚えた。自分の無力さと、技術的な制約に、俺は深く打ちひしがれた。
PCでの活動へのシフト:実況動画は「見るだけ」の楽しみと、新たな可能性
しかし、俺はそこで完全に諦めるような人間ではなかった。もちろん、当時の俺は「バカ」と呼ばれるほどだったが、それでも、何か別の道があるはずだと考えた。
「そうだ、無理に3DSのゲーム実況にこだわる必要はない。PCでできることをやればいいんだ。」
当時の俺は、PCであれば十分に活動できると認識していた。親に買ってもらったゲーミングPCは手元にある。動画編集ソフトも、インターネットで探せば、無料で使える優秀なフリーソフトがいくつも見つかった。
イラストを描く趣味も、PC上で活かせる。キャラクターの立ち絵や、動画内で使うテロップ、背景イラストなど、自分で作れるものはいくらでもあった。ならば、無理に3DSのゲーム実況にこだわる必要はない。Youtuberとしての活動は、ゲーム実況だけではないはずだ。
それに、3DSのゲーム実況動画は、実況者が見ているだけで十分に楽しかったのだ。
彼らが困難なステージをクリアしていく様子、思わず笑ってしまうようなリアクション、そしてゲームの世界観を深掘りする考察。
自分がプレイするのとはまた違う視点で、プロの実況者が語る解説やリアクションを聞いていると、ゲームの新たな面白さや、気づかなかった発見がある。だから、わざわざ自分が困難な「魔改造」をしてまで、3DSのゲーム実況をする必要はない。彼らの動画を楽しみながら、俺はPCでできるコンテンツを模索することにした。
そして、この「できないことは諦め、できることに注力する」という判断は、結果的に俺のYoutuberとしての活動、そして後のメタバース創造の方向性を決定づけることになる。
3DSのゲーム実況という夢は、一旦は諦める形になったが、それは決して無駄な時間ではなかった。
むしろ、俺に「制約の中でいかにクリエイティブを発揮するか」という課題を与え、PCというプラットフォームでの可能性を探るきっかけとなったのだ。そして、何よりも、当時最先端だった
この夏休みは、俺がクリエイターとして、そしてYoutuberとして、着実に次のステップへと進むための重要な一歩だった。俺は、Youtuberへの憧れという火種を消すことなく、新たな燃料を探し始めていたのだ。
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