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【第0章第28話】ブログとの出会い――新たな創作の模索と、挫折の始まり

そんな中、2019年の夏、俺はふと、ウェブサイトというものに興味を抱き始めたのだ。Youtubeでの動画配信は、視覚と聴覚に訴えかける強力なツールだ。

しかし、情報量を考えると、文章で深く掘り下げて発信するウェブサイトにも、また違った可能性があると感じた。さらなる拡大範囲を視野に入れ、ブログという形で情報発信を始めることを決意した。

それは、まさに未知なる世界への挑戦であり、もう一つの創作活動の扉を開く瞬間だった。


目次

ブログへの挑戦(1):WordPressとレンタルサーバー、そして複雑な初期設定

俺は、自分だけのウェブサイトを立ち上げるため、まずWordPressというコンテンツ管理システムと、レンタルサーバーエックスサーバー)を契約した。

当時の俺の知識レベルからすれば、ウェブサイトを構築することは、まるでプログラミング言語を学ぶかのような、高度な技術が必要な作業だと感じていた。

今の時代と比べると、当時のサーバー契約はもっと複雑で、専門的な知識が求められた。

今となれば、レンタルサーバーを契約し、WordPressを始めるのは、驚くほど簡単になった。

多くのサーバー会社がクイックスタート機能を提供しており、数クリックでWordPressのインストールからブログの公開までできてしまう。

まるで、お店で完成された料理を注文するような手軽さだ。しかし、当時はそんな便利な機能はまだ一般的ではなかった。

俺が初めてサーバーを契約した時は、まず複数のレンタルサーバー会社の中から一つを選び、それぞれのプランを比較検討するところから始まった。

ディスク容量、転送量、料金プラン、サポート体制。どの項目を見ても専門用語が並び、正直言って頭を悩ませた。ようやく会社とプランを決定し、申し込みフォームを埋める。

そして、次にウェブサイトの住所となるドメインを取得する作業が待っていた。自分のブログにふさわしいドメイン名を何十個も考え、それが空いているか一つ一つ確認し、ようやく決まったドメインの取得手続きを行う。

サーバーとドメインが別々の会社だと、それぞれで設定を連携させる必要があり、DNS(ドメインネームシステム)の知識がないと、これもまた一苦労だった。設定が反映されるまで数時間、時には丸一日かかることもあり、その間はただ待つことしかできなかった。

そして、ようやくサーバーとドメインが紐づいたら、そのドメインにWordPressをインストールする作業だ。

今のように自動インストール機能が充実していなかったため、WordPressのプログラムファイルをダウンロードし、FTPソフトを使ってサーバーにアップロードする。データベースを作成し、設定ファイルを編集する。これら全て、手作業でやることが多かった。

たった一つのファイルのパスを間違えるだけで、全てが機能しなくなる。何度もエラーメッセージが表示され、そのたびにネットで検索し、日本語ではない技術的な情報に苦戦しながら解決策を探した。

さらに、ウェブサイトのセキュリティを確保するために、ドメインの暗号化作業(SSL設定)も必須だった。

これまた、SSL証明書を取得してサーバーに適用させるという、専門的な知識が必要な作業だ。訪問者が安心してサイトを閲覧できるようにするために不可欠なプロセスだが、当時の俺にとっては非常に難解だった。

そして、最後にブログを公開する前に、法律的な要件を満たすためにプライバシーポリシーの作成や、読者からの問い合わせを受け付けるためのお問い合わせフォームの設置なども、かなりの労力を要した。

これらの作業は、当時の俺にとって、まるで高い壁のように立ちはだかり、何度もエラーにつまずき、そのたびにネットで調べたり、友人に聞いたりしながら、寝る間も惜しんでなんとか形にしていった。

また、今となっては見られないが、当時はレンタルサーバーを契約する際の初期費用もかかっていた。

月額費用に加えて、契約時にまとまったお金を支払う必要があったのだ。社会人3年目の俺にとっては、決して小さな出費ではなかった。

この一連の作業は、非常に苦戦していた

しかし、クイックスタート機能が普及し、誰でも簡単にブログを始められるようになった今でも、ここまで到達して自分でウェブサイトを構築できる人は少ないらしい。

だから、当時、こうした複雑な作業を一人でこなした俺は、もっと少数派だっただろう。それはまるで、未知の言語を解読し、独力で巨大なパズルを組み立てるような、地道で根気のいる作業だった。

それでも、Youtuberとして、そしてクリエイターとして、インターネット上に自分だけの「城」を築きたいという強い思いが、俺を突き動かしていた。


ブログへの挑戦(2):初代ブログの誕生と、その短い命

さて、そんな苦労の末に、ようやく俺の初代ブログは誕生した。

これは、まさに2019年の夏に始めたものだ。なぜこの時にブログを始めたいと思ったのか。その一番の理由は、実は当時の俺が漠然と抱いていた「オリジナルサイトを作ってみたい」という強い憧れだった。

インターネットという広大な情報空間に、自分だけの「場所」を持つこと。そこに自分の考えや作品を置いて、世界中の誰でもアクセスできるようにすること。

ブログの内容としては、当時俺が最も熱中していたゲーム、マインクラフトに関するものが多かった。

マインクラフトの世界で、自分が作った壮大な建築物や、発見した隠し要素、難解なレッドストーン回路の仕組み、あるいは効率的な資源の採掘方法など、ゲームプレイに関する情報を記事にしていた。

時には、ゲーム内の出来事をストーリー仕立てで語ることもあった。

まるで、ゲームの世界で家を建てるように、ウェブの世界で自分のサイトを構築することに夢中になっていたのだ。しかし、実際には、攻略情報や役立つ記事というよりは、自分のプレイ記録や感想、その日の出来事を綴るような、日記のような個人的な「つぶやき」がほとんどで、誰かの役に立つような情報サイトというよりは、自分のプレイ記録や感想を綴る場所といった趣が強かった。

まるで、自分だけの秘密基地を作るような感覚だった。

当時の俺は、従来の「ビジネス=問題解決」という視点、つまり読者が抱える問題を解決するための記事を書くという考え方には、あまり興味がなかった。

それよりも、自分の好きなことを好きなように表現すること、純粋に創作を楽しむことに重きを置いていたのだ。収益化を意識するよりも、まずは自分の興味を形にすること、その行為そのものに喜びを感じていた。


ブログへの挑戦(3):稼ぎ方への意識と、Youtubeへの情熱

もちろん、この当時から、全く稼ぎ方を考えていなかったわけではない。

実は、もうすでにこの初代ブログの段階で、アフィリエイト広告を導入していた。WordPressには、簡単に広告を貼り付けるためのプラグインが多数存在し、それを活用した。

確か、ASP(アフィリエイトサービスプロバイダー)にも複数登録し、ゲーム関連の商品や、PC周辺機器、あるいは動画編集ソフトなどの広告をブログに貼り付けていたと記憶している。

ブログが収益を生む可能性を、漠然とではあるが理解していたのだ。クリック一つで数円、あるいは数十円という収益が発生する仕組みに、小さな感動を覚えた。

しかし、当時の俺は、Youtubeをやりたいというほうの気持ちが、まだ圧倒的に強い時代だった。

ブログはあくまで「副業の副業」といった位置づけで、Youtuberとして成功することこそが、俺の最大の目標であり、情熱の全てを注ぎたい対象だった。動画制作には、アイデア出しから撮影、編集、サムネイル作成と、膨大な時間と労力がかかる。だから、ブログに割く時間やエネルギーは、どうしても限られてしまっていた。

そのため、ブログの更新頻度は低く、記事のクオリティも決して高くはなかった。SEO対策やキーワード選定といった、ブログで稼ぐための重要な知識は全く持ち合わせていなかったし、分析ツールなどを使うこともなく、ただ思いつくままに記事を投稿していただけだ。

結果として、この初代ブログは、わずか数ヶ月でオワコンと化してしまった。

アクセス数は伸び悩み、広告収入も微々たるものだった。努力に見合わない結果に、次第に俺の情熱も冷めていき、更新は途絶えた。新しい高性能PCを手に入れたばかりで、動画編集に時間を割きたいという気持ちが、ブログへの情熱を完全に上回ってしまったのだ。

まるで、咲き誇る前に枯れてしまった花のように、その短い命を終えた。

レンタルサーバーは3年契約をしていたものの、ブログ自体はその後しばらく放置していた

更新されない記事は、インターネットの海の片隅で、ひっそりと忘れ去られていった。まるで、立ち上げたはいいものの、手入れされなくなった庭のように、ひっそりとインターネットの片隅に存在し続けていたのだ。

この初代ブログは、俺にとって、ウェブサイト運営の難しさ、そして「続けること」の重要性を教えてくれる、最初の挫折経験となった。しかし、この挫折は、決して無駄ではなかった。この経験が、後の「3代目」ブログへと繋がる、貴重な教訓となったのだ。

そして、2代目のブログは、コロナ禍の時期に重なり、さらにあることと一緒にやる際に行ったので、その時に語る機会が来るだろう。

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