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【第0章第3話】かこのおれはじつにひどい

第2話に次回から本編へと書いたが・・・

あれは嘘だ。

まあ今回の話はその後に関する物語の上で重要となる、高校生になる前の「苦しい過去の話」

ここはある意味自己紹介となる一つだから書かせてくれ。

2014年の春、高校の門をくぐったばかりの俺は、まだ知らなかった。自分の根底に、「広汎性発達障害」という名の、当時の俺には理解しきれない特性が深く根ざしていることを。

今でこそ、本当に障害があるのかどうか疑問に感じることも多いし、むしろ「なかった」とすら思っているけれど、幼少期には確かにその影響があったんだ。

幼い頃、周囲とのコミュニケーションには常に壁を感じていた。

言葉の遅れは顕著で、周りの子が当たり前に話していることについていけず、自分の考えをうまく伝えられないもどかしさが常にあった。幼稚園や小学校に上がっても、その傾向は続いた。

じじつ今も集団行動が苦手で、みんなが盛り上がっている時に一人だけ違うことを考えていたり、逆に興味のないことには全く集中できなかったり。授業中に先生の話を聞き漏らしたり、ノートを取るのが遅れたりすることも日常茶飯事だった。

テストの点数も芳しくなく、特に国語や社会といった「読み書き」や「暗記」を必要とする科目は壊滅的だった。

「なんでみんなみたいにできないんだろう?」

何度そう思ったかわからない。努力しても報われない感覚が、幼い俺の心を蝕んでいった。

「普通」という枠から外れている自分を、どこか「劣化人間」だと感じていて、このときから「社会不適合確定」ということは見えていた。

当然だが国語は壊滅的で、文章を読むのも書くのも苦手。数学もろくにできないし、理科にはまるで興味がない。社会に至っては「それ、何がおいしいの?」くらいの感覚だった。

いわゆる日本人が思う「勉強ができる」というタイプでは全くなかった。

2010年代は今のような多様性が叫ばれる時代ではなかったし、インターネットもまだ今ほど普及していなかったから、情報も少なかった。

自分自身の特性を理解するための手掛かりが、ほとんどなかったんだ。

親や先生からは「もっと頑張りなさい」と励まされたけれど、頑張り方が分からなかったし、そもそも勉強自体が興味が示さなかった。

周りの期待に応えられない自分に、常に劣等感を抱いていた。

だから、高校に入学して、新しい環境で少しでも「変われる」かもしれないという希望は、俺にとって本当に大きなものだったんだ。

その希望は、俺が抱えていた漠然とした不安を打ち消し、新しい自分になれるかもしれないという微かな光を与えてくれた。


鉄道への情熱と、萌え系への嫌悪

そんな俺が幼い頃から夢中になったもの、それが鉄道だった。

小さい頃から初めて家族旅行で乗った新幹線の窓から流れる景色、車輪が奏でる独特のリズム、そして駅で間近に見た巨大な車両の迫力に、俺は一瞬で心を奪われた。それ以来、鉄道は俺の生活の中心になった。

図鑑を擦り切れるまで眺め、時刻表を読み解くことに熱中した。

特に好きだったのは、複雑なダイヤを組むこと。限られた線路の上で、どうすれば効率的に多くの列車を運行できるのか。

それはまるでパズルを解くような感覚で、俺の好奇心を強く刺激した。鉄道模型を買い集め、自分の部屋に小さなレイアウトを作り、列車を走らせては、時間を忘れて見入った。

週末にはカメラを片手に最寄りの駅に出かけ、通り過ぎる列車を撮影した。その頃はまだスマートフォンも普及しておらず、情報収集はもっぱら書籍や雑誌、そして実際に自分の目で見て確認することだった。

高校の部活動にも書かれている通り、当時の俺の趣味はまさに鉄道一筋。友達と遊ぶよりも、一人で鉄道の世界に没頭している時間の方が好きだった。

放課後、クラスメイトが部活動や遊びに興じている間も、俺は鉄道関連のサイトや書籍を読み漁ったり、模型の改造に没頭したりしていた。周りからは「変わってるね」と言われることもあったけれど、俺にとってはそれが自然なことだった。

その頃の俺にとって、「推し活」や「VTuber」といった萌え萌え系のコンテンツは、正直なところ「気持ち悪い」とすら感じていて、むしろ積極的に避けていた

テレビや雑誌で、二次元のキャラクターに夢中になっている人たちを見ると、「なんであんなものに?」と理解できなかった。

キャラクターデザインの可愛らしさや、バーチャルな存在に熱狂する人々の感覚が全く理解できなかったし、生理的な嫌悪感さえ抱いていた。

まさか、この「萌え」と距離を置いていた俺が、後にVTuberが活躍するようなメタバース空間を創造しようとするなんて、当時の俺が聞いたら腰を抜かしていたに違いない。

その大きな転換点は、くどいが高校時代に訪れることになる。ただな、鉄道への情熱は今も変わらず俺の中に息づいていて、たまに旅行に出かけたり、関連する研究をしたりすることもある。

そして、意外なことにこの鉄道へのこだわりが、後のメタバースの構築にも組み込まれることになるんだ。

例えば、メタバース内での移動手段や、特定のエリアのデザインに、鉄道の要素を取り入れるなんてことも考えている。

あの頃の俺には想像もつかなかった、異色のコラボレーションが実現することになるのだ。


PCとイラスト:創造の原点、そして未来への布石

学力は壊滅的だったけれど、昔から俺には一つだけ得意なことがあった。

それがPCをいじることだ。初めてパソコンに触れたのは小学校低学年の頃だったと思う。まだインターネット回線もダイヤルアップ接続が主流だった時代に、親が仕事で使っていたPCを借りては、キーボードを叩いて色々なソフトを立ち上げてみた。

ゲームをしたり、ペイントソフトで落書きをしたり、当時はまだ珍しかったインターネットに繋いで、色々なサイトを見て回ったりした。

俺にとってPCは、無限の可能性を秘めた箱だった。

分からないことがあれば、辞書を引くようにインターネットで検索した。そうやって、自然と情報の検索能力や、新しいソフトを使いこなす能力が身についていった。

学業では劣等感を抱いていたけれど、PCを操作している時だけは、自分に自信を持つことができた。

PCは俺にとって、誰にも邪魔されない、自分だけの世界だった。夜遅くまで、親が寝静まった後も、こっそりPCを立ち上げては、新しい発見に胸を躍らせていた。

そして、もう一つ、俺の人生とメタバースを語る上で絶対に切り離せない趣味がある。

それがイラストだ。

これもまた、学力とは関係なく、幼い頃からずっと続けてきた趣味だった。小学校の図工の時間で絵を描くのが一番好きだったし、家でも暇さえあればスケッチブックに色鉛筆で落書きをしていた。

キャラクターを模写したり、自分だけのオリジナルキャラクターを想像して描いたり。

PCを手に入れてからは、ペイントソフトを使ってデジタルイラストにも挑戦した。マウスで線を描くのは難しかったけれど、試行錯誤しながら少しずつ慣れていった。

特に誰かに見せるためでもなく、ただひたすらに自分の内にあるイメージを形にするのが好きだった。

時には、鉄道の車両を擬人化したキャラクターを描いてみたり、自分が考えたオリジナルの鉄道車両を描いてみたりすることもあった。当時は、それが将来的にどんな意味を持つかなんて、全く考えていなかった。ただの趣味。そ

う思っていたけれど、今となっては、このPCスキルとイラストの技術が、俺が『TITAN学園』を創り出す上での根幹をなしている。情報の収集・整理能力は、広大なメタバースの設計図を描く上で不可欠なものとなり、そしてイラストの技術は、キャラクターデザインや空間のビジュアル表現に直接的に役立っている。

過去の話については以上となるが、実はこの話は続きがある。

もう少しだけ本編に入る前に見てほしい。

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