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【第0章第5話】視野が狭い

1年生の俺は、良くも悪くも「視野が狭い」のが最大の特徴だったと思う。

朝の満員電車の中、他の生徒たちの話し声や、バスの車内で騒がしいグループの存在が、いちいち気になって仕方がなかった。

「なんでこんなにうるさいんだ?」と内心イライラしていたし、時には誰かの汚い言葉遣いや下品な話題が耳に入ると、それが直接的なストレスになっていた。

周囲の刺激に対して過敏に反応し、それを自分の許容範囲外だと認識すると、すぐに不快感を覚えていたのだ。

今思えば、それは俺の中にまだ「ハイエンド」も「女子版」も明確に形成されておらず、「男子版」という純粋で未熟な感性しか持ち合わせていなかったからかもしれない。

外部の刺激に対するフィルターが薄く、良くも悪くもストレートに物事を受け止めていた。

そんな俺でも、「孤独はまだ嫌だ」という気持ちは強かった。

だから、どんなに周囲が気になっても、決して一人でいることを選ぼうとはしなかった。

ただひたすらに「真面目にやれば良いんだ」という漠然とした思いが、俺を突き動かしていた。

勉強も部活動も、言われた通りに、真面目にこなしていれば、きっと周りに認められる。そう信じていた。


耳慣れない専門用語と学習の現実

高校の授業は、中学までとは全く違った。

午前中は専門学習。俺が配属された農業コースでは、文字通り農業に関する専門知識を学んだ。土壌の種類、作物の栽培方法、肥料の与え方、病害虫対策……。

午後は普通学習。こちらは英語や国語といった一般科目で、内容的には小学6年生まで…いや、中学で習う基礎の基礎レベルに毛が生えた程度で、人によっては「簡単すぎる」と感じるかもしれないレベルだった。

個人的には、数学と社会以外はこれで十分だろうと思っていた。国語は相変わらず苦手で、文章読解や記述問題は苦痛でしかなかった。理科も興味が持てず、ただただ単位を取るための科目と割り切っていた。

唯一、物足りなさを感じたのは数学社会だった。数学は、この頃すでに「ベクトル」のような、より抽象的で論理的な思考を要する分野に興味が湧き始めていた。

社会に関しては、歴史や地理といった暗記科目には全く魅力を感じなかったが、会計や金融、経営「このときはまだ資本主義の本質は知らない」といった、より現実社会に直結する分野についてもっと学びたいとこのときから強く思っていた。

それらは当時の俺には「趣味レベル」でしかなく、学校の授業では深く掘り下げられることはなかった。

しかし、この時からすでに、後の「ハイエンド」の萌芽が俺の中にあったのかもしれない。

授業自体は、それほど難解ではなかったため、比較的順調に進んでいった。真面目にノートを取り、課題をこなし、テスト前にはそれなりに勉強もした。結果として、成績は可もなく不可もなく、といったところだった。


広がる世界と、まだ見ぬ未来

通学路も、最初はただの「遠い道」だったが、少しずつ変化していった。

電車が遅れたり、乗り換えに時間がかかったりする日には、焦りながらも隣の駅まで歩いてみることもあった。その度に、今まで知らなかった景色や、路地裏の小さな商店街を発見したりして、少しだけ気分転換になった。

それは、物理的な移動だけでなく、俺の視野がわずかに広がり始めた証拠だったのかもしれない。

この1年生の俺は、まだ「クリエイター」としての片鱗は全く見せていなかった。

PCをいじるのは好きだったし、イラストを描くのも趣味だったが、それらはあくまで個人的な楽しみの範疇に過ぎなかった。

ましてや、「萌え」という世界とは無縁で、むしろ避けるべきものだと思っていた。

しかし、この真面目で、少しばかり神経質で、けれど孤独を嫌う1年生の俺の中にこそ、後に俺の人生を大きく変えることになる「女子版」という価値観が芽生える土壌が培われていたのだ。

まだ見ぬ「新しい運命」が、すぐそこまで迫っていることを、この時の俺は知る由もなかった。

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