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【第0章第22話】始まりの日

ついに迎えた社会人としての出発の日。親は、俺の人生で初の出社日ということもあり、朝からソワソワと落ち着かない様子で、まるで自分のことのように俺の門出を歓迎していた。

新しいスーツに袖を通し、ネクタイを締め、玄関を出る俺に、「頑張ってね」「応援してるよ」と、満面の笑みで見送ってくれた。しかし、俺の心の中は、親の期待とは裏腹に、まるで鉛のようにがっくりと重かった。

実際に内定をもらい、この会社に入れることになったのは事実だ。

しかし、高校時代の実習をした際、すでに体は「しんどい」という信号を出していたため、その前から俺はこの会社と、あるいは事務仕事というもの自体と、合わない体質だったのかもしれない。頭では理解しているつもりでも、体が拒否反応を示している。そんな感覚が、心の奥底にあった。

俺が勤務することになったのは都心の中心地だったが、本社の位置はまた別の場所にあるため、入社式のあるこの日は、朝早く起きる必要があった。

高校時代の朝早い時間は、もうこれで脱却できるかと思っていたら、まさかの初日から早起きを強いられることになるとは。少しばかりの皮肉な気持ちが湧いた。

でも、それは今日だけで、翌日以降は都心での勤務だ。高校時代よりも通勤時間は3分の2になるため、その点は楽になるだろうと、わずかな希望を見出した。

高校時代、俺が通っていた学校は都心とは反対側の場所にあるため、電車に乗っている時間は長かったとはいえ、座れるほど空いていた。座って本を読んだり、音楽を聴いたりする時間は、ある種の休息だった。

しかし、社会人となったこの日からの通勤は、そうはいかなかった。都心への通勤は、まさに朝ラッシュとの戦いだ。満員電車に押し込められ、身動き一つ取れない。人の熱気と匂いが充満する車内は、まさに地獄絵図だった。快適な高校時代の通勤とは打って変わって、しんどさが爆増することは、容易に想像できた。この通勤一つ取っても、社会人としての生活は、これまでとは全く異なるものになることを予感させた。

目次

本社での入社式:変な俺と、静かなる新卒たち

まあ、そんな通勤の苦労は一旦置いて、俺は本社まで2時間かけて向かっていた。

電車を乗り継ぎ、人の波に揉まれ、ようやくたどり着いた本社ビルは、想像以上に大きく、威圧感があった。その広い会議室には、俺のほかに2人の新卒社員がいた。彼らは俺と比べてもおとなしそうな印象だ。緊張しているのか、二人ともほとんど口を開かず、じっと前を見つめていた。まるで、これから始まる長い「懲役」を覚悟しているかのような、静かで真面目な雰囲気を醸し出している。

それに対し、俺はとにかく落ち着かない。座っていても、そわそわと体が動いてしまう。口元も緩みがちで、周りの真面目な雰囲気に馴染めない。きっと、彼らの目には「変な奴」と映っていたことだろう。

この落ち着きのなさは、新しい環境への興奮もあったが、それ以上に、この「懲役47年」という現実に対する、俺なりの抵抗だったのかもしれない。どこかで、この状況を「面白い」と捉えようとする、俺の中のYoutuber的思考が働いていた。

入社式は、まあいつもどおりよくありそうな感じだった。社長や役員の挨拶があり、会社の理念や今後の展望が語られる。そして、新卒社員の紹介。

俺は名前を呼ばれると、大きな声で「はい!」と返事をし、深々と頭を下げた。

どこか、高校の入学式のような、型にはまった儀式的な雰囲気だった。形式的な言葉が並び、心に響くものは少なかった。紹介が終わると、そのまま通常勤務というわけだ。

しかし、初日なので、本格的な業務ではなく、主におオリエンテーション的なものだった。

会社の組織図や就業規則、福利厚生など、社会人として必要な基礎知識を学ぶ。膨大な量の資料を渡され、説明を受ける。高校の授業とは異なり、全てが「現実」に直結している情報だった。


新しい刺激と、会社を辞めたい衝動の欠如

最初の1ヶ月間は、仕事を覚えることに集中していた。新しい環境、新しい人間関係、そして新しい業務内容。覚えることは山ほどあった

。PCの操作方法、社内システムの使い方、、書類の整理。最初は戸惑うことばかりだったが、それでも、少しずつできることが増えていくのは、小さな達成感があった。そのときはまだ新しいことが多かったし、学ぶべきことが多すぎて、他のことを考える余裕がなかったのかもしれない。

高校とはまた別で刺激があったのは確かだ。

学校とは違う、社会の仕組みを肌で感じることができた。会社の歯車として、自分が動いているという感覚。それは、これまでの生活とは異なる、新たな刺激だった。周りの先輩社員たちは、皆忙しそうにしながらも、丁寧に仕事を教えてくれた。

この1年目のときは、まだ会社を辞めたいということはなかった

確かに「懲役47年」という言葉の重みは感じていたものの、それは遠い未来の話のように思えた。目の前の新しい環境に適応し、仕事を覚えることに必死だった。

会社の規則やマナー、人間関係に順応しようと努めていた。

この段階では、まだ俺のYoutuber計画は水面下で進んでおり、会社の仕事と両立させようという意識が強かった。まだ、社会の厳しさ、そして自分が本当に何を求めているのかを深く知るには至っていなかったのだ。

希望と不安が入り混じった、社会人としての第一歩が、こうして始まった。

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