「へんーしん!きらきら輝くお星様、空広い水色、なんでも夢を叶える!」
ふかふかのベッドの上で、私はごろんと寝返りを打った。いつもなら、このセリフの後に誰かに名前を呼ばれて、飛び起きるはずなのに。
「すいれん!」
うん、やっぱり。いつもの声が聞こえる。でも、今日はなんだか、体が鉛みたいに重い。瞼も、貼り付いたみたいに開かない。
「んんんんん!?……なんだ、いつもの夢オチかよ…本物だったらよかったのに」
ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっていた。
残念。また、あの夢だ。最近よく見る、魔法少女の夢。私が変身して、空を飛んだり、悪者をやっつけたりする夢。朝起きるといつも、ちょっぴりがっかりする。
だって、夢じゃなくて、本当に魔法が使えたら、もっと楽しいのに。
体を起こして、大きく伸びをする。今日の目覚めは、なんだかいつもと違う。
いつもならタイタンおじさんやくろとに起こされるのに、今日はアラームが鳴る前に目が覚めちゃった。これもしかして、魔法少女に変身する前兆!?なんて、ちょっとだけ期待しちゃう自分がいる。
ベッドから降りて、パジャマのままリビングへ向かおうとした。
「おや、今日は珍しく自分から起きているな」
リビングのソファで新聞を読んでいたタイタンおじさんが、私に気づいて顔を上げた。タイタンおじさんは、この「Titan園」を作ったカクメイジンらしいけど、私から見たら、ただのおじさんだし、色んな意味でくさすぎる」。
「よお!おじさん!おはようまるまる朝の魔法戦隊!」
私はビシッと敬礼して、いつもの挨拶をぶつけた。これは、最近ハマっているアニメの決めゼリフ。
「なんだその挨拶…さてはアニメの見過ぎだな…というか俺こうみえて20代だぞ」
タイタンおじさんは、呆れた顔で私を見た。20代だなんて言ってるけど、私からしたらおじさんだもん。
だって、タイタンおじさんってば、いつもゲーム開発とか表計算だのとかでパソコンとにらめっこしてるし、たまに足も臭いし。
「すいからしたらタイタンはおじさんなのー!あと足臭いし」
そう言って、私はタイタンおじさんの近くに寄って、くんくんと鼻を鳴らした。
「足臭いのは関係ないねぇだろ!」
タイタンおじさんは、慌てて足を引っ込めた。ほらね、やっぱり臭いんだ。
その時、キッチンから、いい匂いが漂ってきた。ふわふわのパンケーキと、焼きたてのベーコンの匂い。
「あら、スイちゃん珍しく早起きだね!えらーい!」
キッチンの向こうから、くろとがひょっこり顔を出した。くろとは、いつも私たちのお世話をしてくれるメイドさん。とっても優しくて、料理も上手。
「おーおこれこれはメイドさんじゃないですか」
私は、くろとに向かって、ちょっぴり偉そうに言った。
「メイドじゃなくくろとと呼んで」
くろとは、困ったように眉を下げた。
いつもそう言われるけど、やっぱりメイドさんって呼びたくなっちゃうんだよな。だって、くろとはいつもフリルのついたエプロンをしてるし、私のことお嬢様って呼んでくれるし。
「それでなんのよう?」
「朝ごはんができましたから、お部屋に行こうと思いまして」
くろとは、そう言って、お盆に美味しそうな朝ごはんを乗せて、テーブルに運んできてくれた。
「さーすが、我がメイド!の飯は今日も食べられるな!」
タイタンおじさんが、美味しそうに目を輝かせた。
「ちょっと辞めてくださいよ!というか!すいれん様に真似されているんですからちゃんと名前で呼んでください」
くろとは、ぷくっと頬を膨らませた。タイタンおじさんが「我がメイド!」って言うのを、私が真似したのが気に食わないらしい。
「えーめんどくさ・・・頭固いなぁ~」
タイタンおじさんは、面倒くさそうに首を振った。本当に、このおじさんったら。
私は、テーブルに並べられた朝ごはんを見て、思わずゴクリと喉を鳴らした。今日のパンケーキは、ハート型だ!くろとってば、本当に可愛いのを作るのが上手なんだから。
「わーおいしそう~!」
「今日は開校記念として特性パンケーキを気合で作りましたよ~!」
くろとの料理は外食でたたかえる能力があるほどうまいりょうりを作れる。
なにせむかしはパティシエとかも憧れていたみたい。
食べてしばらく
ふと、今日の予定が頭をよぎった。放課後、友達と「だるまさんが転んだごっこ」をする約束をしているんだ。
でも、ただの「だるまさんが転んだ」じゃない。今回は「だるまさんが転んだサバイバル」をするんだ。
「だるまさんが転んだサバイバル」は、普通の「だるまさんが転んだ」に、ちょっとしたアレンジを加えた遊び。鬼が「だるまさんが転んだ」って言っている間に、みんなが動いて、鬼が振り返った時に動いている人がいたらアウト。ここまでは一緒。でも、サバイバルでは、アウトになった人は、その場に固まっちゃって、動けなくなるんだ。そして、最後まで残った人が勝ち!ってわけ。
この遊び、結構奥が深くて、どうやったら鬼にバレずに動けるか、どうやったら最後まで残れるか、戦略が大事なんだ。だから、いつもアニメで見た「だるまさんが転んだ」の必勝法を研究してるんだ。
「そうだ!今日の放課後だるまさんが転んだごっこをするから、その研究のためにだるまさんが転んだサバイバルを復習しなくちゃ!」
私は、慌ててスマホを取り出した。あれを見たら、きっと勝てる!
「駄目です!そんなに見たら学校遅刻するでしょ!」
くろとが、素早い動きで私のスマホをひったくった。
「えーじゃあ通学中にみーちゃおう!」
私は、スマホを取り返そうと手を伸ばしたが、くろとはそれをひらりとかわした。
「歩きスマホは駄目です!事故ったらどうするの!」
くろとは、スマホを胸に抱きしめ、絶対に渡さないという意思表示をした。
「すいれん、くろと、ここメタバースの中だから通学という概念ないで・・・」
タイタンおじさんが、呆れたように呟いた。
あ、そっか。ここは、「virtualprimitive」の中の世界、「Titan園」だったということを2人は思い出した。
学校に行くって言っても、リアルな学校じゃないし、通学路もないんだ。
アバターとして動いているだけ。だから、遅刻するって言っても、厳密には遅刻じゃないし、事故る心配もない。
だけど、くろとは、リアルな世界と同じように、私たちのことを心配してくれる。それが、ちょっとだけ、嬉しい。
結局、スマホは没収されたまま、私の朝は始まった。朝ごはんを食べて、歯を磨いて、制服に着替える。今日も一日、何が起こるか分からない。でも、きっと楽しい一日になるだろう。
だって、ここは「Titan園」だから。
そうして、すいれんの1日は始まった。
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