「これでオリエンテーションは終わりです。何か質問はございますか、にゃもも様?」
くろとの丁寧な問いかけに、にゃももは頭の中を整理しようと必死だった。あまりにも情報が多すぎて、どこから質問していいのかさえ分からなかった。しかし、一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。
「あの、えっと…質問なんですけど」
にゃももがおずおずと口を開くと、くろとはにこやかに頷いた。
「はい、どうぞ」
「入学式が、なんでここ…生徒会室で行われたんですか?普通は体育館とか、講堂とか、もっと広い場所でやるものだと…」
にゃももは、ごく一般的な学校の常識を前提に質問した。すると、タイタンがフッと笑みを漏らした。その表情は、どこか悪戯っぽい。
「ふむ、よくぞ聞いてくれたな、にゃもも殿」
タイタンはにゃももの方へ一歩近づき、その大きな体躯から、まるで何かを期待しているかのような視線を投げかけた。
実は、この入学式が校長室、つまり生徒会室で行われること自体、くろともブラウニーも内心では戸惑っていた。開校以来、初めての異例の事態だったからだ。
――遡ること数時間前、校長室――
くろとは、いつも通りテキパキとタイタンの今日の予定を確認していた。
「本日の新入生は1名、にゃもも様が入ってこられますね。体育館のセッティング、準備いたしますか?」
くろとは当然のように尋ねた。例年の入学式は、広大な体育館で行われることになっていたからだ。
しかし、タイタンの返答は、くろとの予想を裏切るものだった。
「いや、今回は生徒会室にて急遽場所を変えて行う」
「はい!?」
くろとは思わず声を上げた。タイタンの言葉が信じられず、目を丸くする。
「生徒会室ですか…!?一体どうして?」
くろとが戸惑いを隠せないのは当然だった。
生徒会室はあくまで学園運営の中枢だ。
しかも、こんなに狭い空間で入学式を行うなど、開校して初めての事例だった。タイタンはくろとの驚きをどこ吹く風と、ニヤリと笑っただけだった。
その様子を、たまたま報告に来ていたブラウニーも聞いていた。彼女もまた、くろとと同じく驚きを隠せずにいた。
(生徒会室で入学式なんて…タイタン校長、一体何を考えているんだ…?)
ブラウニーの脳裏には、数時間後に起こるであろう、ある「衝撃的な出来事」への予感が、既に微かに漂っていたのかもしれない。
――再び、現在――
「実はな、この入学式が生徒会室で行われたのには、単純な『自由』というだけではない、明確な目的があったのだよ」
タイタンの言葉に、にゃももは思わず身構えた。
何か、とんでもないことを言われる予感がしたからだ。横にいたブラウニーとすいれんも、何やら意味ありげな表情でタイタンを見つめている。くろとは相変わらず冷静な顔つきだが、その瞳の奥には微かな期待のようなものが宿っているように見えた。
タイタンは、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「にゃもも殿。本日より、貴殿をTITAN学園の生徒会長に任命する!」
その言葉が響いた瞬間、にゃももの頭の中は真っ白になった。生徒会長?私を?今、なんて言った?
「は…はぁっ!?」
にゃももは目を剥き、思考が完全に停止した。入学して一日目。いや、正確には入学式が終わったばかりだ。なのに、いきなり生徒会長?そんな馬鹿な話があるだろうか。記憶も曖昧で、この学園のことさえ何も知らない自分が、生徒会長など務まるはずがない。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええにゃもも、その声に耳を疑った。そして、部屋の中にいた他の面々も、にゃももと何ら変わらぬ衝撃を受けていた。
「え?にゃももお姉ちゃん生徒会に入るの!?」
すいれんが、きょとんとした顔でタイタンに尋ねる。タイタンは得意げに胸を張っているが、当の本人は…。
「は、はいらない!はいらないよ!」
にゃももはぶんぶんと首を横に振った。冗談じゃない。昨日までの記憶すら曖昧な自分が、いきなり生徒会長などできるはずがない。責任の重さもさることながら、この学園のルールも何もかも知らないのだ。転職で部長職に就くならまだしも、新卒でいきなり生徒会長なんて、聞いたこともない。
くろともブラウニーも、流石にタイタンの発言に異議を唱えようとした。
「校長、流石にそれは…」
くろとが口を開きかけたが、タイタンはそれを制するように手を上げた。
タイタンはにゃももの反応を予想していたかのように、にこやかに微笑んだ。
「もちろん、いきなり新入りに、こんな責任の重い任務を課すわけではない。にゃもも殿には、この生徒会長の役目を『待つ』と回答してもらおう」
にゃももは、言われたままに「待つ」と答えた。
わけがわからないが、とにかくすぐに生徒会長になるわけではないらしい。
「ふむ、よい返事だ。しかし、この任命は決定事項。ゆくゆくは貴殿に生徒会長を担ってもらうことになる。その覚悟をしておくように」
タイタンの言葉は、まるで揺るぎない予言のようだった。
なぜ、ここまで執拗に自分を生徒会長にしようとするのか。にゃももには理解できなかった。だが、タイタンの心には、確固たる理由が存在していた。
――校門でのタイタンの視点――
朝、いつものように校門で生徒たちの様子を眺めていたタイタンは、突然視界に飛び込んできたピンク色のジャージの少女に目を奪われた。食パンをくわえ、全力で走ってくるその姿は、まるで昔のアニメのワンシーンを切り取ったかのようだった。しかし、タイタンの視線は、ただその滑稽な光景を捉えていたわけではない。
(こいつは…この学園を引き継ぐ相手に最もふさわしい…!)
タイタンの脳裏に、直感とも呼べる確信が走った。それは、この学園の校長として、数多の生徒たちを見てきた彼だからこそ抱くことのできた、ある種の「運命」を感じさせるものだった。
もちろん、タイタンにはその直感の裏付けとなる具体的な理由があった。
しかし、彼はその理由を、にゃももには敢えて説明しないことに決めていた。
それは、にゃもも自身が、この学園で様々な経験を積み、自らの力でその理由に気づいていくことを望んでいたからだ。
だが、タイタンが心の中で感じた理由は、いくつか挙げられる。
まず第一に、ピンク髪は主役という偏見をもっているからだ。これはタイタンにとって、揺るぎない真理だった。彼が創り上げたこの「TITAN園」の世界では、ピンク色の髪を持つ者は、常に物語の中心に立つと勝手に妄想している。それが、この世界の法則であり、彼が設定した「遊び心」でもあった。
第二に、にゃももが「今時珍しいまっすぐな感じな子」だと、タイタンは一瞬で感じ取った。
遅刻を恐れて全力疾走する姿、そして、突然の状況に戸惑いつつも、決して卑屈にならず、自分の意見を主張する姿勢。彼女のその純粋でまっすぐな人柄は、自由奔放なこの学園の生徒たちを、良い方向に導いていける資質があると直感したのだ。
そして何よりも重要だったのが、すいれんが、にゃももにすぐに馴染んだことだった。
タイタンは知っていた。すいれんはお調子者で誰とでも仲良くできそうな性格をしているものの、実は以外にも心を開くわけではなく疑心暗鬼な要素が多い。
タイタンを「おじさん」と呼んで遠慮なく接する一方で、他の大人たちに対しては、どこか一線を引いているところがあった。
しかし、にゃももには、出会って数分のうちにまるで昔からの知り合いであるかのように接していた。これは、タイタンにとって非常に大きな意味を持っていた。
(すいれんとの関係はめちゃくちゃ重要だ…)
タイタンはそう確信していた。彼にとって、すいれんはただの生徒ではない。この学園の、そして彼が築き上げた「TITAN園」の未来を担う、後継者として育てていく存在だったからだ。
そのすいれんが、これほどまでに懐く相手は、にゃももが初めてだった。
だからこそ、タイタンはにゃももに「生徒会長」という重責を任せることを決めたのだ。
それは、にゃももがこの学園に深く関わり、すいれんとの絆を深め、ひいてはTITAN園の未来を共に創り上げていくための、最初の第一歩だと考えていたのである。
一旦決断まち
「さて、生徒会長の任命については、今は『待つ』ということで一旦保留だな」
タイタンは満足げに頷いた。しかし、にゃももはまだ腑に落ちない様子だった。いきなり生徒会長候補に祭り上げられた挙句、「今は待て」と言われても、頭の中は混乱したままだった。
(生徒会長になろうとしてもしょせん新入り、流石に知らないことだらけだし…)
にゃももは心の中でそうつぶやいた。
この広大な学園で、どこへ行けばいいのかさえ分からないのだ。もちろん、くろとやブラウニーに道案内をしてもらうのが一番手っ取り早いだろう。実際、にゃもももそうなるものだと考えていた。
だが、タイタンの次の発言は、にゃももとくろと、そしてブラウニーの予想を再び裏切ることになる。
「よし、道案内については…すいれんにやってもらう!」
タイタンは、突然、すいれんを指名した。
「ぎく!?」
すいれんは、まるで悪事を企んでいるところを見つかったかのように、小さく肩を跳ねさせた。
「お前、今日授業サボっているし、おまけに本来予定にもない入学式にちゃっかり参加しているしな…」
タイタンは、すいれんをじろりと睨みつけた。
「ということで、すいれんは校長の命令で、にゃもも殿の道案内をさせられることに決定だ!」
すいれんは、不服そうに頬を膨らませた。
しかし、校長の命令とあっては、逆らうことはできないようだ。にゃももは、この「自由好き放題」な学園で、まさかこんな形で強制的に道案内役が決められるとは思いもよらなかった。
にゃももの、TITAN学園での波乱に満ちた新生活が、今、本格的に幕を開けようとしていた。
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