温かい湯気が立ち込めるバスルームに、にゃももの小さな独り言が響く。TITAN学園での初めての一日が終わり、ようやく自分の時間を取り戻したにゃももは、ゆったりと湯船に浸かりながら、今日あった出来事を一つ一つ思い返していた。
湯の温かさが、張り詰めていた体の緊張をゆっくりと解いていく。記憶を失ってから、こんなにも心からリラックスできたのは初めてかもしれない。しかし、同時に、今日経験した様々な出来事が、にゃももの心を占めていた。
(ふぅ…なんだか、怒涛の一日だったなぁ…)
にゃももは目を閉じ、今日あったことを頭の中で整理し始めた。
校長とこの学園の正体
まず、一番の衝撃は、やはりTITAN学園の校長であるタイタンと、この学園そのものだった。
「入学式がたったあれだけで終わるなんて…」
普通は厳粛な雰囲気の中で行われるものだ。長々とした校長の挨拶、来賓の祝辞、在校生代表の歓迎の言葉…。どれもこれも、にゃももが想像していた「入学式」には存在しなかった。代わりにあったのは、タイタン校長のぶっきらぼうな任命と、くろとさんの冷静沈着なオリエンテーション。そして、すいれんちゃんの自由すぎる乱入。
(しかも、まさか入学式が生徒会室にて行われるなんて。一体、どんな目的があったっていうのよ?)
タイタン校長は、にゃももが生徒会長に任命されたことにはっきりとした「目的」があると言っていた。
その言葉の裏には、何か大きな計画が隠されているに違いない。彼の言動の一つ一つが、にゃももの好奇心を掻き立てる。
「それにしても、この学園…本当に非常識の塊だわ」
にゃももは湯の中で膝を抱える。普通教室が存在しないこと、常に移動教室方式であること、持ち物がタブレットPC一つで完結すること、そして遊園地のようなプールや小動物室、推し活室まであること。挙げればキリがない。
(まるで、誰かの壮大な夢を具現化したみたい。この学園は一体、何を目的として、誰が作ったんだろう…?)
くろとさんは「自由」「想像」「創作」が重要視される学園だと言っていた。
それは確かに、今日見た光景から十分に感じ取ることができた。しかし、その「自由」の裏には、タイタン校長という、一見だらしなく見えるが、どこか底知れない人物の存在がある。そして、そのタイタン校長を、くろとさんがしっかりとコントロールしている。
(くろとさんは、タイタン校長の秘書というか、お目付け役というか…あの二人の関係も、ただの校長とメイドじゃないわよね。まるで、この学園の陰の支配者みたいだわ…)
そして、この学園が「メタバースで構成されている」という事実。
にゃももは、自分の記憶が失われていることと、このメタバースという環境に、何か関連があるのではないかと薄々感じ始めていた。
私とは?
次ににゃももが考えたのは、自分自身のことだった。
「私、一体何者なんだろう…」
記憶を失っていること。それが一番の不安要素だ。なぜ、自分がここにいるのかも分からない。どこから来たのかも、過去に何をしていたのかも。まるで、今日生まれたばかりの赤ん坊のようだ。
(でも、日本語を話せるし、基本的な知識もちゃんとある。それに、ワープ機能とか、タブレットの操作とか、この世界のシステムにもすぐに適応できた。もしかしたら、元々このメタバースの世界に住んでいた人なのかな…?)
そして、もう一つ、気になることがあった。潤沢な「学園通貨」のことだ。今日、すいれんとの喫茶店代を払った際、手持ちの金額に驚いた。自分は決して裕福な家庭に育ったわけではないと、漠然とした記憶が教えてくれる。
(あれだけのお金、どこから来たんだろう?プレイヤー経験もそこまでないって言ってたし…まさか、不正とかではないはずよね?でも、もし不正だったら、くろとさんが黙っているはずがないし…)
くろとさんがすいれんの「お小遣い調査」をしていると言っていたように、この学園は生徒の金銭管理にも目を光らせているようだ。そんな中で、自分だけが不自然なほど大金を持っているというのは、やはり何か理由があるはずだ。
(もしかしたら、私がこの学園に『入学』する前から、何か特別な立場にあったとか…?)
タイタン校長が、自分を生徒会長に任命したこと。その「運命を感じた」という言葉。これら全てが、にゃももの過去と、この学園との関係に、深い繋がりがあることを示唆しているようだった。
「自分探しのためにここに来た」とくろとさんに答えたのは、嘘偽りのない本心だ。この学園で、自分の過去と、自分が何者なのか、その答えを見つけたい。
ごうとの存在
そして最後に、にゃももは今日のトラブルメーカー、ごうとのことを思い出した。
「あのガキ大将…正直、マジでイラっときたわ…」
思い出すだけで、怒りがこみ上げてくる。人の大切なものを奪おうとする行為、そしてあの高圧的な態度。いくら小学生相手とはいえ、許せない。
(でも、最後は…)
いつもなら、ガキ大将が問題を起こせば、先生や親が出てきて事態を収拾するのがお決まりのパターンだ。しかし、今回、ごうとを止めたのは、まさかのすいれんの兄、ゴールドコインだった。しかも、その見た目は、どう見ても善良な生徒には見えない、いかにも不良といった風貌だ。
「まさか、すいれんちゃんがあんな強面の兄がいるなんてね…」
可愛らしいすいれんとブラウニーとは正反対の、豪鬼とゴールドコイン。タイタン校長の家族構成も、やはり一筋縄ではいかないようだ。
(ごうととゴールドコインの関係も、ただのトラブルと解決じゃない気がする。何か裏がある…)
タイタン校長が「プログラミングは難しい」と言っていたように、この学園のシステムにはまだ穴があるらしい。ごうとが小学生であるにも関わらず入学できたのも、そのシステムの不備によるものだろう。しかし、それが本当に「不備」なのだろうか?それとも、何か別の意図があるのか?
(ごうとがあそこまで問題児なのに、まだ退学にならないのは、単にシステムの問題だけじゃないような…)
タイタン校長は、ごうとのことを「困った生徒」とは言っていたが、どこか突き放しているようにも見えた。本当に退学を検討しているなら、もっと強硬な手段に出てもおかしくないはずだ。
明日へ向かって
様々な疑問が、にゃももの頭の中を駆け巡る。このTITAN学園は、まるで巨大なパズルだ。一つ一つのピースが、バラバラに散らばっていて、それらを繋ぎ合わせることで、初めて全貌が見えてくるのだろう。
(タイタン校長の正体…私の過去…そして、ごうとを巡る謎…)
これらが、この学園での生活で解き明かすべき、大きな課題となるだろう。
特に、タイタン校長については、生徒会長の任命の裏にある意図を探るためにも、徹底的に観察する必要がある。
「生徒会長…ねぇ…」
湯船に浸かりながら、にゃももは小さく呟いた。引き受けたのは、半ば勢いと、そしてこの謎多き学園を探るための「作戦」だった。しかし、その言葉を口にした瞬間、心の中に確かに宿った、一種の責任感のようなものも感じていた。
振り返りを終え、湯船から出たにゃももは、タオルで体を拭いた。浴室の鏡に映る自分の姿。ピンク色のツインテールは、まだ少し水を含んで、可愛らしく跳ねている。
そして、棚に置いてあった真新しいピンクのパジャマを手に取った。柔らかい肌触りの生地に、小さなリボンのロゴが刺繍されている。これも、この学園から支給されたものなのだろうか。
パジャマを着込み、ベッドに横になる。今日一日の疲れと、新しい情報が入り混じり、頭の中はまだ少し興奮状態だった。しかし、この学園で過ごす日々が、きっと自分にとって、大きな意味を持つことになるだろうという予感が、にゃももを包み込んでいた。
深い眠りへと落ちていくにゃもも。明日から始まる、新たな日々への期待を胸に抱きながら。
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