自宅からワープ機能を使わず、徒歩で学園の敷地へと向かったにゃももは、タブレットのマップを片手に、農業部がある区画へと忍び足で進んでいた。夜の学園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。風が木々を揺らす音や、遠くで虫の鳴く声だけが、その静寂を際立たせていた。
(この辺りだったはず…)
にゃももは、周囲の様子を警戒しながら、農業部の畑のそばに身を隠した。辺りは街灯も少なく、闇に包まれている。しかし、にゃももの目には、その闇の中にぼんやりと動く影が見えた。
その影は、やはり噂通り、ひどく背が低い。一般的な大人の男性の身長よりも、はるかに小さい。そして、そのシルエットは、にゃももが昨日出会ったばかりの、ある人物に酷似していた。
(まさか…そんなはずは…)
にゃももが目を凝らしてその影を見つめる。すると、その影は畑の作物に手を伸ばし、何かを収穫しているようだった。そして、その人物が顔を上げた、その瞬間。
「…ごうと!?」
にゃももは、思わず声が漏れそうになるのを必死で堪えた。暗闇の中に浮かび上がったのは、昨日さんざん迷惑をかけた、あのガキ大将の顔だった。
まさか、夜の徘徊者の正体がごうとだったとは、にゃももは全く予想していなかった。確かに、彼の身長は、このくらいだったような気がする。
ごうとは、にゃももの存在に気づいたようで、ギョッと目を見開いた。
「生徒会長!?」
彼の驚いた声が、静かな夜の学園に響いた。
にゃももは、隠れることを諦め、ごうとの前に姿を現した。
「ごうとくん、あなたこんなところで何をしているの?」
にゃももは、落ち着いた声で尋ねた。昼間の彼なら、この言葉に激高し、すぐにでも喧嘩を売ってくるだろう。
しかし、ごうとの反応は、にゃももの予想を裏切るものだった。
ごうとは、にゃももの顔を見るなり、まるで幽霊でも見たかのように青ざめ、一目散に逃走を図ったのだ。
「あ!逃げるな!」
にゃももは思わず叫んだ。昼間のガキ大将としての威勢や圧力はどこへやら、ごうとは怯えきった様子で必死に逃げている。彼の表情には、明らかに退学処分を恐れる色が浮かんでいた。
(よりによって一番会いたくないやつに出くわすとは…あいつは母ちゃんかよ!いや!本当にそうだろ!)
ごうとの頭の中は、にゃももの姿が、まるで自分の親、特に厳格な「母」の姿と重なり、恐怖でいっぱいだった。
しかし、ガキ大将とはいえ、太っちょなごうとは、身長140cmという小柄ながらも足の速いにゃももには敵わなかった。にゃももは、すぐに彼の背後に迫り、ついに学園内にあるリーブパークへとごうとを追い詰めた。リーブパークは、鬱蒼とした木々が生い茂る場所で、夜になると人通りも少なく、逃げ場は完全に断たれている。
ごうとは、疲労困憊で息を切らしながら、逃げ場を失ったことを悟った。彼は、地面にへたり込むように座り込み、半ば諦めたようににゃももを見上げた。
「くそ!俺を制裁したければしろ!俺はもう捨てられるだけなんだ…!」
ごうとの言葉には、絶望と諦めが混じっていた。その言葉を聞いたにゃももの胸に、一抹の痛みのようなものが走った。
「何を言うの…あなたのことを捨てたりしないわ!むしろ、助けたいと思っている」
にゃももは、ごうとの言葉を遮るように、はっきりと告げた。ごうとは、にゃももの言葉に驚き、呆然とした表情を浮かべる。昨日まで散々負かされてきた相手が、なぜこんな状況で自分を助けたいと言うのか。彼の頭の中では、にゃももの態度に大きな矛盾を感じていた。
だが、ごうとは素直に信じることができなかった。これまでの経験が、彼を疑心暗鬼にさせている。
「助けとか…本当は俺を家来にして奴隷にするつもりだろ」
ごうとの言葉に、にゃももは思わず冷静なツッコミを入れた。
「そんなお金と権力、私にはまずないよ。ましてや、学園運営なんてやったことない人が、いきなり奴隷を作り出す力があるわけないでしょ、って話よ…」
にゃもものあまりにも冷静な、そして現実的な返答に、ごうとは一瞬、気勢を削がれた。確かに、にゃももは昨日入学してきたばかりの新入生だ。そんな立場に、人を奴隷にするほどの権力があるわけがない。
ごうとの目に、わずかな戸惑いが浮かんだ。
「本当に…俺様のためなのか?」
彼は、信じられないといった様子で、にゃももを見上げた。
「当たり前じゃない!生徒会は、この学園にいる生徒、先生たち、そして誰でもが幸せになるのが役割なんだから!」
にゃももは、真っ直ぐにごうとを見つめ、生徒会長としての自分の使命を語った。その言葉には、一切の迷いがなかった。
「それに、生徒会長の私が、ごうとくんのような人も、一人の生徒として見過ごせないし」
にゃももの言葉が、ごうとの心に深く響いた。
彼は生まれて初めてだった。ここまで真正面から、自分と向き合ってくれる相手に出会ったのは。これまで11年間生きてきた中で、親にも、他のクラスメイトにも、先生にも、にゃももが示したような「愛情」は、感じたことがなかった。彼の行動は、常に周囲の反発を招き、孤独を深めるばかりだった。だからこそ、彼は暴力と支配で、自分を主張しようとしてきたのだ。
にゃももは、ごうとの目には、まるで見た目通りの天使のように映った。彼の凝り固まった心が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
ごうとは、深呼吸をした。そして、今まで誰にも明かせなかった秘密を、打ち明ける決意を固めた。
「…わかった。腹を括って話すよ」
ごうとの言葉に、にゃももは静かに頷いた。夜の闇が二人を包み込む中、ごうとの、そしてこのTITAN学園の、新たな真実が語られようとしていた。
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