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【ピーチライン編第1.5章プロローグ】縁の下の力持ちの失踪

「くろと、朝食はできたか?」

俺の声が響く。いつもならすぐに「はい、タイタン様」という返事が返ってくるはずなのに、今朝はシン、と静まり返っていた。いつも漂っているはずの焼きたてのパンの香ばしい匂いも、淹れたてのコーヒーの芳醇な香りもない。

嫌な予感がした。全身を冷たいものが駆け巡るような感覚。慌ててリビングに向かうと、そこにはいつも完璧に整えられているはずのダイニングテーブルがあった。しかし、そこには朝食の準備どころか、くろとの姿すら見当たらない。

まさか。

俺は半ば錯乱状態で、家中を駆け回った。寝室、書斎、バスルーム、キッチン、果ては庭まで。どこを探しても、彼女の姿はない。

くろと

彼女は俺が「virtualprimitive」を立ち上げた当初から、文字通り影のように俺の傍にいた。

正確には、俺が雇用したメイドの一人、いや、一人などという簡単な言葉では片付けられない、俺にとって、そして「TITAN園」にとって、かけがえのない存在だ。

彼女は、ただのメイドではない。いや、メイドという言葉で表現するにはあまりにも役割が多岐にわたる。料理や掃除といった一般的な家事はもちろんのこと、俺のスケジュール管理から、時にはアイデア出しのブレインストーミングにまで付き合ってくれた。まるで、俺の脳の一部が具現化したかのような、完璧なアシスタントだった。

特に、「TITAN学園」が設立されてからは、彼女の存在はより一層重要度を増した。学園の運営は想像以上に複雑で、多岐にわたる業務が山積していた。その中で、くろとは生徒会の一員として、経理担当という重要なポストを担っていたのだ。

学園の財政状況の把握、予算の編成、部活動への助成金の配分、そして生徒たちの活動に必要な物品の調達まで。全てが彼女の手によって、滞りなく、そして完璧に処理されていた。

彼女がいなければ、この学園はここまで円滑に機能していなかっただろう。いや、正直なところ、学園の平和は彼女の働きなくしては語れない。言いすぎだという声が聞こえてきそうだが、俺はそう信じて疑わない。

彼女は常に冷静沈着で、どんな問題にも動じることなく的確な判断を下した。感情を表に出すことはほとんどなく、しかしその瞳の奥には、いつも俺への、そして「TITAN園」への深い愛情が宿っているように感じられた。

俺が思い悩む時には、何も言わずそっと温かい紅茶を淹れてくれたり、疲れている時には、肩を揉んでくれたりもした。そのさりげない気遣いが、どれほど俺の支えになっていたことか。

俺は彼女に全幅の信頼を置いていた。彼女がいれば、どんな困難も乗り越えられるとさえ思っていた。だからこそ、今朝の出来事は、俺にとってあまりにも衝撃的だった。

彼女は、何も言わずに姿を消した

まるで、最初からそこに存在しなかったかのように、あるいは夢だったかのように、突然、消え失せたのだ。

一体、何があったんだ?

昨晩も、いつもと変わらず、明日の朝食のリクエストを尋ねてくれた。特に変わった様子はなかった。むしろ、いつもより少しだけ、微笑んでいるように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

デスクの上には、きちんと整理された帳簿と、数日分のスケジュールが完璧に書き込まれた手帳が残されていた。まるで、彼女がすぐに戻ってくるかのように、全てが整えられたままだった。しかし、そこにメモの一枚すら残されていないことが、かえって俺の不安を掻き立てる。

どこへ行ったんだ、くろと。 なぜ、俺に何も告げずに消えたんだ。

冷たい静寂が支配する家の中で、俺は呆然と立ち尽くしていた。まるで、大切な体の半分をもぎ取られたかのような喪失感。彼女の存在の大きさを、失って初めて痛感する。

外からは、「TITAN学園」の賑やかな声が聞こえてくる。生徒たちが元気に登校し、部活動に励む声。彼らが安心して学べる場所があるのは、間違いなくくろとの働きのおかげだ。

この平和な日常が、突然、音を立てて崩れ去るような予感がした。くろとがいない世界。それは、俺にとって想像もできないことだった。

俺はポケットからスマホを取り出し、連絡先を探す。しかし、誰に、何を伝えればいいのかすら、頭が混乱してまとまらない。

ただ、一つだけ確かなことがある。

くろとを探さなければならない

彼女がいないこの世界で、「TITAN園」は、そして俺は、一体どうなってしまうのだろうか。

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