しばぬんの「えええええええええええええええ!?」というすいれんの驚きの声が響き渡る中、授業は進んでいく。すいれんは、自分たちが普段使っているものが「仮想通貨」であり、タイタンたちが使う「日本円」のようなものが、この世界では「形ある異世界の通貨」であるという事実に、まだ戸惑いを隠せないでいた。
彼女の脳裏には、昨日タイタンとスーパーで買い物した時の、あの「形ある」レジでのやり取りがぼんやりと浮かんでいた。
「向こうの世界の通貨というのは、国が認めた通貨発行権があるものなの。」
しばぬんは、教卓に置かれたタブレットを操作しながら説明を続ける。
その画面には、日本の紙幣と硬貨の画像が鮮明に表示されている。福沢諭吉や野口英世の顔が、すいれんにはどこか奇妙に見えた。
「基本的にお金というのは本来であれば自分たちのオリジナルで作られるもの、つまり地域通貨とか、もっと昔なら各自で使っていたものだったんだけど、タイタンおじさんが住む日本を始め、ほとんどの国では、国が発行したお金以外は通貨として認められず、ただの紙切れになるの。」
しばぬんの声は、まるで歴史の授業を聞いているかのように、淡々と事実を告げる。すいれんは、その説明に眉をひそめた。自分たちの世界では、誰もが自由に経済活動を行っている。なのに、向こうの世界では、国がすべてを管理しているという事実に、違和感を覚えずにはいられない。
「また向こうの世界の通貨は、国が作るということに決まっているところがほとんどで、国民といった人たちが無断でお金を作ることは基本的に認められていないんだって。」
しばぬんの言葉に、すいれんは納得がいかないという表情を見せる。 「えー!?それ独裁的じゃないの?なんか私の印象上、あちらの世界は税金に対してすごくめんどくさいとはタイタンおじさんが言っていたぐらいだし。」
しばぬんは、すいれんのするどい指摘にフッと笑みを漏らした。その表情には、子どもにはまだ理解できない、複雑な歴史の背景が隠されているかのようだった。 「確かに、今見れば独裁者という位置づけが強いだろうね!でも、昔の人たちの事情を見れば、オリジナルを作るより団結が優先されていたのよ。」
しばぬんは、教卓から少し身を乗り出し、まるで物語を語るように、人類の歴史を紐解き始めた。その瞳は、はるか昔の時代を見つめているかのようだった。
「私たちがこの世界が作られるずっと前、リアルな世界では今のように快適な生活をしていなくて、昔は自給自足生活に近いレベルだったんだ。」
すいれんは、想像する。朝早くから畑を耕し、動物を飼い、すべてを自分たちの手で生み出す生活。それは、まるでゲームの世界のようでありながら、もっとずっと厳しく、不便なものに違いない。
「それで昔はお金という統一した交換券が存在していなくて、いろいろなものがあったけど、代表的には小判とか、もっと昔であれば米とか布とかだったわね。さらに言えば、交換となる通貨そのものがなく、モノ同士で交換していた時代もあったぐらいだし。」
その説明に、すいれんは目を輝かせた。日頃、何不自由なく生活している彼女にとって、モノとモノを直接交換する世界は、まるで絵本の中の話のようだった。魚が欲しいのに、自分が持っているのは野菜だけ。相手が野菜を欲しがっていなければ、永遠に魚は手に入らない。そんな不便さが、すいれんの頭の中に広がっていく。
「そこで、こういった価値の統一性を図るために登場したのが『通貨』なのよ。」
しばぬんは、大きく頷いた。 「通貨というのは、サービスやモノなどをスムーズに交換をするために登場したんだ。例えば、魚が欲しい人が、自分の作った野菜を持って魚を持ってる人のところに行く。でも、その魚の人が野菜を欲しくなかったら交換できないよね?そういう不便さを解消するために、みんなが『これは価値がある』と認める共通の交換媒体が必要になったの。それが通貨の始まりってわけ!」
すいれんは、「へえ~」と感心したように頷く。自分たちの世界では当たり前にある「お金」の起源を、彼女は初めて知ったのだ。
「通貨発行はかつては国家の独擅場というわけだけど、いくつか例外はあるわ。まず一つは、企業が発行する**『ポイント制度』**というのが挙げられるね。」
「え、ポイント?」
すいれんは首を傾げた。タイタンがリアルでたまに「ポイントが貯まった」と言っていたのを思い出す。しかし、それが具体的に何を意味するのかは、これまで考えたこともなかった。
「そう、お店で買い物するともらえるアレね!でも、その例外もちゃんと法定通りで、実際に発行したポイントは会計上は**『負債』**ということになるんだ。」
「うぅ…負債…」
すいれんは、「負債」という言葉を聞いて、思わず身震いをした。まるでドラマで見るような、借金取りに追われる人々の姿が、彼女の脳裏をよぎる。重苦しい響きに、体が縮こまるようだ。
しばぬんは、すいれんの反応を見て、慌てて手を振った。彼女自身も、この言葉が持つ現実の重みを知っているかのようだった。 「いやいや、そんな感じの借金取りのような負債じゃないよ!あれは自ら作り上げた負債なの!」
しばぬんは、身振り手振りを交えながら、さらに詳しく説明を続けた。 「というのも、ポイントの仕組みは、多くの場合、顧客が前払いしているからね!例えば、1000円分のポイントをもらったとするでしょ?それはつまり、顧客がそのお店に1000円分のサービスや商品を前もって買うことを約束したようなもの。だから、お店側からすれば、将来的にその1000円分のサービスを提供しなければならない義務が発生する。それが会計上『負債』として計上されるんだ。」
「だから、向こうの人は本来払うべきのお金を多く支払って、結果的に損をしているんだよ。ポイントを使って得したように見えても、実はお店側にお金を先に渡しているわけだからね。お店側は、その前払いされたお金を運用したりできるし、もしポイントを使われなかったら、まるまる利益になる。だから、企業にとっては都合が良い仕組みなんだ。顧客はポイントという『お得感』に釣られて、実はお店に無利子でお金を貸しているようなものだと言えるわ。」
すいれんは、その説明に唖然とした。お得だと思っていたものが、実はそうではないと知らされ、まるで騙されていたかのような気持ちになった。 「なにそれ…てか、ポイント作る意味はあるの?会計上とかでめーちゃめんどくさそう!すいなら確定申告を放棄しちゃいそう!」
しばぬんは、すいれんの突拍子もない発言に、思わず吹き出した。彼女自身、確定申告という言葉が、どういう意味を持つのかは理解しているのだろう。 「いや今の10歳の子がいうセリフか…!」
すいれんは、真剣な顔で続けた。 「確かにポイント制度作る意味分かんないわね!利用者も多く払うわけだし、発行している側も負債を抱え込むし、もしポイントを使われなかったら、まるまる儲かるから、収入が増えると利益が増えやすくなるから、お金に目をくらんでいるしかないかもね!」
しばぬんは、すいれんの鋭い分析力に感心しながら、大きく頷いた。タイタンの娘は、やはり只者ではない。 「どうしてあっち側の世界の人達はそんなにお金に目がないんだろう…?」
すいれんの素朴な疑問に、しばぬんは少し考えてから答えた。その声には、どこか憂いのような響きが混じっていた。 「まあそりゃーお金に価値があると信じ込まされてたり、あとはお金がないと生きていけないということを勘違いをしている人も多いからねー。」
「本来ならお金というのは価値がないものなの。それは、ただの交換ツールに過ぎない。それどころか、この仮想世界では、お金を持ちすぎると、逆に『持ち過ぎだ』というペナルティが出るんだよ。例えば、一定以上の仮想通貨を保有していると、税金のように自動的に徴収されたり、特定のサービスが利用できなくなったりするシステムがあるの。」
すいれんは目を見開いた。この世界に住む人々が、なぜお金をどんどん使うのか。それは、お金を持ち過ぎることによるペナルティを恐れているからだという、驚くべき事実が明かされた。それは、現実世界の「貯金は美徳」という概念とは全く逆の価値観だった。
「ある人が言っていたけど、本当の真の豊かさとは**『物質』と『精神』の2つが多いこと**なんだよ。そのうち、リアル世界はすでに物質的なものは満たされている一方で、精神が未だに戦国のままが続いている。それどころか、衰退しているって。」
しばぬんは、遠い目をして語る。その言葉は、タイタンが以前言っていた「土の時代」と「風の時代」の話と深く繋がっていた。モノや形ある豊かさを追求してきた結果、見えない「心の豊かさ」が置き去りにされてしまった、という警鐘のようにも聞こえる。
「だから、すいれんちゃんが言う『お金に執着』というのは、精神というのが足りてないってことさ。物質的な豊かさばかりを追い求めて、心の満足感や人との繋がりを軽視しているから、いつまでもお金に縛られてしまうんだ。」
すいれんは、深く納得したように頷いた。自分たちが住むこのバーチャル世界は、まさに「風の時代」を体現しているかのようだ。 「そうなんですねー!だからこのバーチャルの人たちはお金をあんまり持たないんですね…。」
「お金を持たないようにしているのは校長の意向らしいけど、それもあってかこの学園やメタバースはこういう世界なんだよね。つまり、自由に体験し、人との繋がりを深めることこそが本当の豊かさだと、校長は考えているみたい。」
しばぬんの言葉に、すいれんはタイタンの深い思想に触れた気がした。そして、ふと、別の疑問が頭に浮かんだ。
「ねぇねぇ!それでもう1つ例外というのは?」
しばぬんは、すいれんの鋭さと、一度聞いたことを覚えていられる記憶力に目を見張った。 「おー!鋭さもそうだけど、記憶力もあるねすいれんちゃん!これ校長に似たわね!」
すいれんは、少し照れたように首を振った。 「いや、単純に質問しただけだけど…」
しばぬんは、いたずらっぽく笑い、その答えを口にした。
「もう1つの例外というのは……仮想通貨よ。」
しばぬんは、最後に意味深な笑みを浮かべた。彼女の瞳には、まだ語られていない、仮想通貨の奥深い世界が映っているようだった。
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