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【第0章第9話】異国の地へ行くことに



2年生になったばかりのある日、ホームルームで担任の先生から衝撃的な発表があった。

「修学旅行は、台湾に決まりました!」

教室内がどよめきと歓声に包まれる中、俺はただ呆然としていた。

台湾? 海外? まったく想像していなかった展開に、頭が真っ白になった。

海外旅行なんて、それまでの俺の人生には、まるで縁のない出来事だった。今回のメタバース創造に直接関係するかと言われれば、そうではないかもしれない。

だが、これは、日本しか知らなかった俺が、初めて海外の土地へ足を踏み入れる第一のきっかけとなったのだ。その意味では、俺の視野を広げる上で、非常に重要な一歩だった。

台湾という国が、俺にとってどんな場所なのか、全く分からなかった。

地球儀や地図で見たことはあるけれど、実際にどんな人々がいて、どんな文化があるのか、想像もできなかった。テレビやニュースで海外の風景が流れても、それはまるで遠い世界の出来事のように感じられ、自分とは無関係だと思っていた。

当時の俺は、自分の住む日本の価値観さえ、まだ完全に理解しているとは言えない状態だった。

社会の仕組みや、人々の考え方、歴史背景など、学ぶべきことは山ほどあったし、何より自分の内面にある「男子版」の視野の狭さから抜け出せずにいた。

そんな状態で、いきなり海外に行くことに、俺は正直戸惑いを隠せなかった。

しかし、その戸惑いの中に、微かな期待も芽生えていた。異文化に触れることで、「比較」という視点が得られる。

これは、当時の俺にとって、非常に重要なことだった。常に自分の殻に閉じこもりがちで、特定の価値観に固執しやすかった俺にとって、別の視点から物事を捉える機会は貴重だった。異文化に触れることで、日本の良い点、悪い点、そして自分自身の価値観を相対的に捉えることができる。それは、内向きだった俺の意識を、外へと向かわせる大きなきっかけとなるはずだった。自分の知らない世界があることを知り、それを体験すること。それは、俺の思考回路に新しい配線を追加するようなものだった。

率直なところ、この時の俺は、台湾の食べ物がどんなものなのか、それが一番の楽しみだった。

インターネットで画像を見たり、友人たちと「小籠包が食べたい」「夜市に行ってみたい」と話したりするたびに、食欲が刺激された。それまで食べてきた日本食とは異なる、香辛料の効いた料理や、カラフルなスイーツに、俺の好奇心はくすぐられた。

しかし、その一方で、何をするのかの不安も大きかった

言葉は通じるのか、習慣の違いで失礼はないか、道に迷ったらどうしよう――。海外での集団行動という未知の体験に対する緊張感が、俺の心を大きく揺れ動かしていた。見知らぬ場所で、自分の意思がうまく伝えられないかもしれないという不安が、常に付きまとっていた。

だが、この不安を乗り越えることが、俺自身の成長に繋がるという予感も、心のどこかにあった。

修学旅行に行く時期は3年生の春頃だが、パスポートの申請や、旅行保険の加入、持ち物の準備、現地でのマナーや簡単な中国語の学習など、様々な準備に時間がかかることから、この2年生の4月の段階で早めに伝達されたらしい。

学校教育の一環だったとはいえ、そのスケールの大きさに、俺は改めて緊張感を覚えた。

担任の先生は、しおりを配りながら、現地での注意事項や緊急連絡先について、丁寧に説明してくれた。友人たちは、台湾でのお土産や観光スポットについて、すでに盛り上がっていたが、俺はどちらかというと、無事に旅行を終えられるか、という現実的な心配の方が大きかった。

それでも、パスポートを申請し、自分の名前が刻まれた国際的な身分証明書を手にした時、俺は確かに、自分が新たな世界への扉を開こうとしているのだと実感した。

それは、俺の人生にとって初めての「国際的な書類」であり、自分が日本の外の世界へと繋がっているという、不思議な感覚をもたらした。


目次

クラス替えとYくんとの新たな日常:深まる絆と「変人」な俺の理解者

そして、2年生になり、もう一つ俺の日常に大きな変化があった。

それは、クラス替えだ。俺の高校は少し変わっていて、クラス替えは2年生に進級する時だけしか行われないのが通常だった。

しかし、俺たちの学年は、クラスの人数が8人と非常に少なかったこともあり、生徒同士の相性や特性が1年だけで十分に理解できたため、一生の一度のクラス替えが行われることになったのだ。

これは、少人数制ならではの柔軟な対応だったと言えるだろう。

そして、その結果――。

「Yくん、同じクラスだ!」

クラス発表の掲示板を見て、俺は思わず小さく声を上げた。そう、なんとYくんと同じ教室になったのだ。Yくんも俺に気づき、目を大きく見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。

「お前もか!やったな!」

Yくんの弾んだ声に、俺も自然と笑みがこぼれた。

俺たちは、部活も一緒だし、コースは違うけれど、普段から鉄道の話やアニメの話で盛り上がっていた。Yくんは、俺がアニメにのめり込むきっかけの一つにもなった存在だ。

彼の穏やかで思慮深い性格は、当時の神経質だった俺にとって、非常に心地よいものだった。互いに趣味が合い、気兼ねなく話せる相手と同じクラスになれたことは、2年生という重要な時期において、精神的な支えとなるだろうと感じた。

この段階ではまだ、Yくんとの相性が「深い」とまでは言えなかった。互いに同じ趣味を持つ「仲間」としての意識が強かったのだ。しかし、同じクラスになり、日常的に顔を合わせる時間が増えることで、その関係性は徐々に深まっていくことになる。

俺が自分の中に新しい「コア」を生み出そうとしている、という常人には理解しがたい試みを始めたばかりの時期だったから、Yくんのような理解者の存在は、何よりも心強かった。

クラスでのYくんとの日常は、想像以上に充実したものになった。

授業中、ふとした瞬間に目が合って、小さな笑みを交わしたり。昼休みには、互いの席に集まって、部活の話や最新のアニメの感想、はたまた鉄道に関するマニアックな情報交換をしたり。教室が同じになったことで、部活動以外の時間も、より深くYくんと関わることができるようになった。

彼の持つ、物事を多角的に捉える視点や、繊細な感性は、アニメを通して感情の奥深さに触れ始めた俺にとって、非常に刺激的だった。

彼は、単なる友人というだけでなく、俺の内に秘められた新たな価値観、すなわち後の「女子版」の萌芽を、無意識のうちに育んでくれる存在でもあったのだ。

彼は、俺の「変人」な部分を、好奇心を持って受け止めてくれた。俺がどれほど突拍子もないことを言っても、彼は否定せず、真剣に耳を傾けてくれたのだ。

その眼差しは、俺が何を考えているのかを理解しようとする、純粋な興味に満ちていた。

この頃の俺は、Youtuberになるという夢を漠然と抱き始めていた時期でもあった。その夢について、具体的にYくんに話したことはなかったが、彼との会話は、俺のクリエイティブな思考を刺激する上で、大きな影響を与えていた。

例えば、アニメのキャラクターの心情を深く読み解いたり、物語の裏設定について考察したりする中で、俺は「物語を創造する」ことの面白さを、より具体的に感じ始めていたのだ。

Yくんの存在は、俺が一人で考えているだけでは気づけなかった、新たな視点や感情の側面を教えてくれた。彼は、俺が抱える内面的な葛藤や、新しい自分を模索する過程を、知らず知らずのうちにサポートしてくれていたのだ。

彼との交流は、俺が自分を理解し、自分の興味を深める上で、かけがえのない時間だった。

それは、自己変革への強い意志と、未知の世界への好奇心に満ちた、輝かしい時期だった。そして、この修学旅行とYくんとの絆が、俺の視野を広げ、後のクリエイティブな活動へと繋がる重要な伏線となることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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