にゃももがワープ機能で自宅へと帰っていった頃、TITAN学園の校長室では、くろと、タイタン、そしてすいれんの3人が残っていた。
「無事に帰りましたわね…」
くろとは、にゃももが消えた空間を見つめながら、ほっとしたように呟いた。彼女の表情には、一日の終わりに安堵の色が浮かんでいる。
「それはそうと!私はこれから買い物をして料理を作らなければならないので、これにて失礼いたします」
くろとはくるりとタイタンに一礼すると、てきぱきと部屋を後にした。彼女の背中からは、有能なメイドとしてのプロ意識が感じられる。
「おう!お疲れ様!」
タイタンは、くろとの背中に向かって気のない返事をした。そして、くろとが完全に部屋を出ていくと、ふぅ、と大きく息を吐いた。その瞬間、隣に立っていたすいれんが、彼をじっと見上げた。
「さてと…二人きりになったし、おじさん、すいたちになにか隠し事とかないよね?」
すいれんの瞳は、まるで宝石のように透き通っている。しかし、その奥には、子供とは思えないほどの鋭い洞察力が宿っていた。彼女の問いかけは、まるでタイタンの心を見透かすかのようだった。
「密になったとたん、ずいぶん突いてくるね、すいれん」
タイタンは苦笑いを浮かべた。彼の顔には、一瞬の動揺が走ったように見えた。
「まあこれでも私、自称天才ポジティブガール10才児ですから!」
すいれんは胸を張って言い放った。その発言に、タイタンは内心でツッコミを入れた。
(いや10才児とは思えん発言なんだけど…)
タイタンは、観念したかのように大きく息を吐いた。すいれんの質問は、やはりにゃももと同じく、なぜにゃももを生徒会に入れ、あまつさえ生徒会長に任命したのか、ということだった。
「ふむ…生徒会にしていたのは、実は計算通りだ」
タイタンはゆっくりと口を開いた。彼の言葉は、まるで何層にも重ねられた秘密の扉を一枚ずつ開いていくかのようだった。
「事実、あの場で彼女が『入らない』と止めていたのは、彼女が生徒会に入部することがふさわしいという証拠だったのだよ」
タイタンは、にゃもものあの時の反応さえも、全て織り込み済みだったと言いたげな口ぶりだった。にゃももの「断固拒否」の姿勢こそが、彼にとって「適格者」である証だったというのだ。
「それで、その目的というのは…」
すいれんは、じっとタイタンの言葉の続きを待った。タイタンは視線を宙に彷徨わせるようにして、ゆっくりと言葉を選び始めた。その表情は、先ほどまでの飄々としたものとは異なり、どこか遠くを見つめているかのような、複雑なものだった。
「すいれん…よく聞け。学園というものは、いや、国というものも、実は戦争装置なのだよ」
タイタンの言葉は、あまりにも唐突で、そして重かった。すいれんは、その言葉の意味が理解できず、ただじっとタイタンを見つめている。
「常に戦い続けることをしなければ、内部分断して持続不可能になる。国家というのは、団結するからこそ成立するのであって、それがなければ存在意義を失うのだ」
タイタンの言葉は、まるで歴史の授業で聞くような、あるいは哲学的な問いかけのようだった。学園の話をしていたはずが、いつの間にか国家論にすり替わっている。
「それはこの学園も一緒だ。生徒一人ひとりが仲間がいるからこそ、この学園は成り立っている。表面的な平和は、個人主義を強め、やがて自滅の道を選ぶだろう。団結と仲間思いは、確かに国家を強くするが、その一方で戦争という代償をも持つ。それが、歴史が証明してきた真実だ」
タイタンの言葉は、正直言ってにゃももと同じく、すいれんにとっても意味不明だった。なぜ、この自由な学園が「戦争」と結びつくのか。彼が何を意図しているのか、到底理解できない。しかし、タイタンは真剣な表情で、何かを警告しているようだった。
「いずれにしろ…このTITAN学園、いや、TITAN園は、きっと戦争になるだろう…」
タイタンの警告は、すいれんの幼い心に、漠然とした不安を植え付けた。
そしてタイタンは、さらに衝撃的な事実を告白した。
「そしてもう一つ…俺自身の生命は長くはない」
すいれんはハッとしてタイタンを見上げた。彼の顔は、先ほどよりも少し疲れているように見えた。
「すでに開発を色々したら、脳を酷使し、老化してしまったというわけだ。だからこそ、俺はにゃもも殿に、この学園の未来を託したいのだ」
タイタンはそう言った。しかし、彼の言葉が本当なのかどうか、すいれんには判断できなかった。タイタンは確かに疲れているように見えるが、それが「老化」によるものなのか、あるいは別の要因があるのか、確証は持てない。
だが、すいれんはタイタンの言葉の裏に隠された真実を、漠然とではあるが感じ取っていた。
「…すいは、おじさんと似たような脳の構造をしている、って気づいているよ」
すいれんが、唐突に口にした。タイタンは、その言葉に少しだけ目を見開いた。
「…その通りだ、すいれん」
タイタンは静かに頷いた。
「というのも、すいれんは俺が生み出した娘だからだ。他の兄妹7人も同様。君たち8人は、俺の脳の構造を色濃く受け継いでいる」
タイタンの言葉は、にゃももが喫茶店で聞いた「アニメ1話分くらいのボリューム」という複雑な関係性を裏付けるものだった。すいれんたちは、タイタンによって生み出された存在。まるで、あるゲームで例えるなら、**某大魔王の『ジュニア』**のようなものだ。
「あるゲームで例えるなら、某大魔王の前者はジュニア。後者はある重要な立ち位置…に近い」
タイタンは、さらに言葉を続けた。彼の言葉は、まるで暗号のようだった。
「なので、すいれんと上の7人では、生み出した目的が違うらしい」
すいれんは、タイタンの複雑な説明を、懸命に理解しようとしていた。
「…すいは、おじさんの要素を最も多く引き継いだ、ってこと?」
すいれんが尋ねると、タイタンは優しく微笑んだ。
「ああ、その通りだ。だからこそ、お前は俺の後継者になりうる」
タイタンは、それ以上深くは話さなかった。話せば話すほど、すいれんの幼い心を混乱させてしまうだろうと理解していたからだ。それに、せっかくにゃももとすいれんが仲良くなったのだ。この関係性を壊したくはなかった。
「もう遅い。今日はもう家に戻るんだ、すいれん。にゃもも殿とのツアー、お疲れ様だったな」
タイタンは、すいれんの頭を優しく撫でた。すいれんは、まだ腑に落ちない様子だったが、タイタンの言葉に従い、ワープ機能で自宅へと帰っていった。
校長室には、再びタイタン一人きりになった。彼の表情からは、先ほどまでの明るい雰囲気は消え去り、深い思索の影が落ちていた。
「…ごうとは、本当はこういうやつじゃねぇんだがな」
タイタンは、空になった空間に向かって、意味深に嘆いた。ごうとの問題行動の裏には、何か別の原因があることを示唆しているようだった。
「ボスの相手は…もちろん『母』だ」
タイタンは、まるで自分に言い聞かせるように、そう呟いた。その言葉の真意は、誰にも知る由がない。彼の視線は、遠い虚空を見つめていた。彼の頭の中には、にゃもも、すいれん、そしてごうと、様々な生徒たちの顔が浮かび上がっていたのだろう。
TITAN学園、そしてTITAN園の未来は、彼が仕掛けた「戦争」の行方にかかっている。そして、その中心に、にゃももという新たな「生徒会長」が据えられたのだ。
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