昼食を終え、にゃももは再び生徒会室へと足を向けた。TITAN学園は自由授業が基本だが、生徒会長としての仕事があるため、にゃももの午後は生徒会活動で埋まることになった。
本格的な「普通の授業」を受けるのは、どうやら明日以降になりそうだ。
学園に入学してまだ2日目。にもかかわらず、にゃももは学園の急速な進行速度に戸惑いつつも、不思議と馴染めないという感覚はなかった。
むしろ、この非常識な環境が、あっさりと自分の「軸」として自然に身についてしまったように感じている。
(この学園は「常識」というものが通じない。それがシンプルな理由なんだから、それに気づけば簡単な話、ってことね)
にゃももは、この学園の核心を掴んだかのように、心の中で頷いた。
従来の概念にとらわれず、目の前の現象をそのまま受け入れる。それが、この学園で生き抜くための秘訣なのかもしれない。
突然の進行役交代
生徒会室に戻ると、タイタンと、午前中に自己紹介したメンバーたちが待っていた。
午後の生徒会活動は、午前中よりも実践的な内容だった。学園運営に関するデータがタブレットに送られてきて、それを分析したり、今後のイベントの企画案について話し合ったり。どの議論も、生徒たちから活発な意見が飛び交い、真剣ながらも和やかな雰囲気で進められた。
タイタンは、生徒たちの意見を尊重しつつ、時折的確なアドバイスを与えている。その様子を見ていると、彼の「自由」に対する考え方が、単なる放任ではないことが伝わってきた。
やがて、時刻は夕方に差し掛かり、今日の生徒会活動が終了を告げた。
「というわけで、今日の生徒会活動については以上だ」
タイタンの声が室内に響き渡る。メンバーたちがそれぞれ片付けを始めようとした、その時だった。タイタンは、にゃももに視線を向け、告げた。
「なお、ここでお知らせになるが、明日から進行役については生徒会長のにゃももに代わってもらう」
その言葉に、にゃももは思わず息を呑んだ。隣にいたクラウンやしばぬん、ロイも、一瞬だけ驚いたような顔をする。ましろと瑠璃は、にゃももを尊敬の眼差しで見つめている。
(またしても、この学園の非常識の一つね…!)
にゃももの心臓がドクンと跳ねた。入学してわずか2日。そのうち、まともに学園にいたのは実質1日半だ。そんな新入りが、いきなり「生徒会長」という名の下に、学園運営の「進行役」という重大な責任を負うことになる。国で言えば、大統領に近いものと言っても過言ではないだろう。
(緊張する…!)
日本の一般的な会社であれば、役員になるまでに20年以上かかるのが普通だ。
5年で係長、10年で課長、20年で部長、そして30年かけてようやく役員に選ばれる、というような風評がある。しかし、インターネットの情報によれば、外部から役員を招聘するケースも多く、社員から叩き上げて役員になるのはむしろ少ない傾向にあるらしい。
それにしても、この学園の異様なまでのスピーディーさは、日本人の感覚から見れば異常さとしか言いようがない。
タイタンは、にゃももの緊張を察したかのように、言葉を続けた。
「これまでは俺の意思が必要となれば強制参加となるが、これからはにゃももの意思決定次第で進行を決めてもらうことにする」
それはつまり、生徒会の活動方針、議題、会議の進め方、全てがにゃももの采配に委ねられるということだ。にゃももは、ごくりと唾を飲み込んだ。重圧を感じないわけではない。
しかし、この機会を逃すわけにはいかない。タイタンの真意を探り、自分の謎を解き明かすためには、この立場が必要なのだ。
にゃももは、深呼吸をして、毅然とした態度でタイタンと他の生徒会メンバーたちに頭を下げた。
「明日から、よろしくお願いいたします」
にゃももの言葉に、メンバーたちはそれぞれ「よろしくお願いします」「頑張ってください」と声をかけてくれた。
夜の行動計画
生徒会の仕事を終え、にゃももはワープ機能を使って自宅へと帰った。アバターの体は疲れていないはずなのに、精神的な疲労はそれなりに感じていた。
それでも、明日から生徒会長として指揮を執るという新たな任務に、期待と責任感が入り混じった複雑な感情が湧き上がっていた。
夕食を済ませ、風呂に入って体を温める。湯船に浸かりながら、にゃももは今日の出来事を振り返った。
(生徒会長の仕事、思ったよりも大変そうだな…でも、この立場があれば、学園の奥深くに潜む謎に、もっと近づけるはず…)
特に、昼食中に聞いた「夜の徘徊者」と「消える農作物」の噂が、にゃももの脳裏を離れなかった。
あの奇妙な出来事は、放っておけない。生徒会長として、この学園の問題に目を向けなければならない。
(夜の徘徊者…身長150cmくらいの未成年くらいの男…そして、監視カメラのない場所から消える農作物。どう考えても繋がっているわ)
にゃももは、湯船から出ると、タオルで体を拭き、ピンクのパジャマに着替えた。時計を見ると、時刻はすでに20時を回っている。
そして、部屋の中央に立ち、タブレットを起動させた。マップを開き、TITAN学園の農業部の区画を拡大する。
(よし…今夜、実行に移すわ)
にゃももの瞳に、強い光が宿る。
彼女が実行に移そうとしているのは、もちろん、ごうとが徘徊していた、そして農作物が盗まれているという農業部周辺の夜間パトロールだ。本来なら大人に任せるべきことだろうが、この学園は「自由」を重んじる。そして何より、にゃももは自分の目で真実を確かめたかった。
(夜の学園…どんな顔を見せるんだろう。もしかしたら、そこで、私の記憶に繋がる手がかりが見つかるかもしれない)
にゃももは、タブレットのマップをさらに詳しく見て、農業部へと続くルートを頭に叩き込む。ワープ機能を使えば一瞬だが、今回は敢えて徒歩で向かうつもりだった。
夜の静まり返った学園を歩くことで、何か新しい発見があるかもしれない、という期待があったからだ。
準備は万端だ。にゃももはベッドに横になり、少しだけ目を閉じた。そして、目覚ましを21時にセットする。
21時ちょうど、タブレットの目覚ましが静かに鳴り響いた。
にゃももは音もなくベッドから降り立つ。窓の外は、すでに漆黒の闇に包まれている。学園の明かりが、遠くで点々と輝いているのが見えた。
(さて…行くわよ。私の、初めての『夜間パトロール』…)
にゃももは、ピンクのジャージに身を包んだまま、タブレットを手に、静かに自宅のドアを開けた。 TITAN学園の夜の顔。そして、その闇に隠された真実が、今、にゃももを待っている。
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