「それから、俺の人生は完全に崩壊し始めたんだ」
ごうとの声は、先ほどよりもさらに暗く沈んでいた。最愛の親を失った後、彼を待っていたのは、さらなる絶望だった。
「しばらくして、俺は親戚のところへ引き取られることになった」
にゃももは、ごうとの言葉を静かに聞いていた。血縁のある親戚なら、彼を温かく迎え入れてくれるだろうと、にゃももは漠然と考えていた。しかし、ごうとの次の言葉は、その期待を打ち砕くものだった。
「けど…あいつら、異常だった」
ごうとの言葉には、嫌悪と憎悪がにじみ出ていた。にゃももは、思わず息を呑んだ。一体、彼らはごうとに何をしたというのだろう。
「というのも、初代の親は子に尽くしたいタイプだったのに対し、二代目の親は、とにかくお金になるものならなんでもいくタイプの親だったんだ」
ごうとは、自嘲するように笑った。その笑みは、子供が持つ純粋な笑顔ではなく、どこかひねくれていた。愛情ではなく、金銭。それが、彼の新しい「親」の価値基準だった。
「もちろん、おもちゃとかも買ってくれない。どんなに頑張っても、小遣いなんてびた一文もくれなかった」
ごうとの声には、その時の理不尽な思いが込められていた。幼い彼は、必死に良い子でいようとしただろう。しかし、どんなに努力しても、努力が報われることはなかった。
「友達が新しいゲームを買ってもらったり、流行りのおもちゃで遊んだりしているのを見て、俺は羨ましくてたまらなかった」
ごうとの瞳には、その時の渇望が浮かんでいた。幼い子供にとって、おもちゃやゲームは、世界そのものだ。それを手に入れられない苦しみは、彼にとって耐え難いものだっただろう。
「どうしたら、おもちゃとかご褒美をもらえるのか…親に教えてもらったんだ」
ごうとの言葉に、にゃももは不安を覚えた。彼らが教えたことなど、ろくなことではないだろうと直感した。
「すると、とんでもないことを教えられることになった…それはな…」
ごうとは、そこで一度言葉を切った。そして、ゆっくりと口を開いた。
「モノはご褒美としてもらえるもんじゃねぇ。奪って、盗んでいくっていう…スタンド…」
「それを言うならスタンスね」
にゃももは、思わずごうとの言葉を訂正した。彼の言葉の選び方は、どこか歪んでいる。
「そうだ!スタンスだ!で、親は言った。『世の中はしぼうしゅぎはうばいあいだってよ』ってな」
ごうとが、得意げにそう言った。しかし、その言葉の意味もまた、間違っていた。
「それを言うなら資本主義ね…」
にゃももは、再び訂正した。資本主義。それは、彼が今、この学園で触れている経済システムそのものだ。
「資本主義というのは、とても残酷だ。というのも、金や資産を自分のものにすれば勝ちの社会なんだから、ってな。だから、欲しければ自分で奪い取れって…」
ごうとの言葉に、にゃももは愕然とした。二代目の親は、幼いごうとに、そんな歪んだ価値観を植え付けていたのだ。それは、彼の「暴力」の根源にも繋がっている。
暴力と盗みのエスカレート
「それからっていうもの、親は暴力で教え込むようにシフトチェンジしていった」
ごうとの声は、絶望に満ちていた。精神的な虐待だけでなく、身体的な暴力まで振るわれていたのだ。
「ノルマが達成できないものなら、飯を抜きにされたり、テストで評価が悪ければ罰を食らわされたり…」
にゃももは、ごうとの言葉に胸が締め付けられる思いだった。幼い子供が、どれほどの恐怖と飢えを味わってきたのだろう。そんな環境では、まともに勉強できるはずもない。
「俺はどんどんと劣等感を感じさせられるようになってきて…俺はテストの点数はいつも壊滅的になっていた」
ごうとの学業不振は、彼の怠慢から来たものではなく、親からの虐待によるものだったのだ。勉強すれば褒められた初代の親とは対照的に、二代目の親は彼を精神的に追い詰めていった。
「そして、友達がゲームやぬいぐるみなど、いろいろと買ってもらっていく中…俺は羨ましくて…もう我慢ができなくて、ついに盗んでいくことを始めたんだ」
ごうとは、その時の衝動を思い出すように、握りこぶしを作った。彼の初めての盗みは、物欲を満たすためというよりも、親から愛情を与えられず、欲求不満が募った結果だった。そして、一度手を出してしまえば、もう後戻りはできなかった。
「そりゃあもちろん、怒られたな。先生にも生徒にも。でも、そんなの暴力で解決だ、って。親はそれを利用するようになったんだ」
にゃももは、ごうとの言葉に、背筋が凍るような思いがした。親が、子供の盗みを叱るどころか、利用するようになったというのだ。
「どんどんと盗んできな、って。しまいには、俺に強盗まで走り出させるようになったんだ…」
ごうとの声には、深い悲しみと、自分ではどうすることもできない無力感が混じっていた。彼は、親に利用され、犯罪行為に手を染めさせられていたのだ。
「実は、うちの母とかは万引きをしていたし、父に関しては…よく分からなかったけど、税とかはとにかく払うな、とかで、俺にはよく分かんねぇけど、郵便物がとにかくヤバいぐらい多かったのは記憶にある」
ごうとの言葉から、彼の親たちが、社会のルールや法律を軽視し、自堕落な生活を送っていたことが伺える。
そんな環境で育ったごうとが、まともな倫理観を身につけられるはずもなかった。
「そんなろくなことがないか、田舎に引っ越しをして、俺らの生活軸はここ、TITAN園へと変わったんだ」
にゃももは、そこで初めて、ごうとがこのメタバースの世界に移住してきた経緯を知った。
彼らの生活が行き詰まり、現実世界から逃れるように、メインの生活もこのTITAN園へと移り住んできたのだ。
彼が遅くまでいるのはおそらくだが、現実世界では孤立状態ということだろう。
「それから、NFTというなんかよく分からんやつは今後金になるからひたすら盗めって言われて、俺は続けたんだ…」
ごうとの瞳には、深い疲労と、抵抗できない諦めの色が浮かんでいた。NFTカードを盗んでいたのも、彼の親からの指示だったのだ。
「けど、俺は親が怖いんだ…。あんなに異常にお金に目がくらんだ親は、俺は正直、正直怖かったんだ…」
ごうとの告白は、にゃももの心を深くえぐった。彼の「暴力」や「盗み」は、親からの虐待と、歪んだ価値観の刷り込みによるものだったのだ。
彼は、被害者だった。愛情を与えられず、利用され、精神的に、そして身体的に追い詰められてきた、一人の幼い子供。
にゃももは、ごうとの隣で、何も言わずにただ彼の話を聞いていた。彼の瞳には、涙が浮かんでいた。しかし、その涙は、悲しみの涙だけではなかった。長年抱え込んできた苦しみを、ようやく誰かに打ち明けることができた、安堵の涙でもあったのだ。
夜空には、満月が輝いている。その月明かりが、リーブパークの木々の間から差し込み、二人の姿を静かに照らしていた。
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