ごうとから得た情報をもとに、にゃももは農業部へと向かうべく、再び学園の校舎へと足を踏み入れた。昼間とは打って変わって、夜の学園は静まり返っている。しかし、主要な校門の前には、依然として警備が張られているのが見えた。
「このままじゃ入れないね…」
にゃももが呟くと、ごうとが横から口を開いた。
「いや、一箇所だけ、校長専用の裏ルートがあるんだ」
ごうとの言葉に、にゃももは驚いて彼を見た。
「え、そうなの!?でも、なんでごうとくんがそんなこと知ってるの?」
にゃももの問いに、ごうとは言葉を詰まらせた。
「えーと、それは…あわあわ…」
ごうとは慌てた様子で視線をそらし、何かをごまかそうとしているのが丸わかりだった。にゃももは追求せず、とりあえず彼の言う裏ルートを信じることにした。
「ま、まあ、とりあえず先を急ごう…!」
ごうとの誘導で、二人は人気のない裏路地へと進んでいった。そこは、学園の建物の陰に隠れるように存在する、小さな通用口だった。校長専用というだけあって、プライベートな空間なのか、セキュリティは張られていない。
「ここが裏口…って、校長用というよりは、専用駐車場って感じね」
にゃももが呟いた通り、そこは車一台がやっと通れるほどの狭い道で、すぐにその先は農業部の畑へと直接繋がっていた。警備の目が行き届かない場所を選んでいるあたり、犯人もこの裏ルートを知っているのだろうか。
畑の盗難と衝撃の真犯人
足音を忍ばせながら、二人は農業部の畑へとたどり着いた。夜の闇の中、畑の様子はぼんやりとしか見えない。しかし、にゃももが目を凝らすと、そこには期待していた通り、いや、期待などしていなかった、ひどい光景が広がっていた。
「…ひどい…」
にゃももは思わず声に出した。畑の作物は、まるで嵐が過ぎ去った後のように、見るも無残に荒らされていたのだ。根こそぎ抜き取られた跡や、不自然に欠けている部分。間違いなく、何者かによって盗まれた痕跡だ。
そして、その畑の近くに、明らかに不自然な人影があった。夜闇に溶け込むような服装のその人物は、しゃがみ込み、何かを袋に詰めているようだった。にゃももはごうとと顔を見合わせ、頷きあった。
二人は息を潜め、ゆっくりと人影に近づいていく。そして、ある程度の距離まで近づいた時、人影が立ち上がり、月明かりがその顔を照らした。
その瞬間、にゃももの全身に衝撃が走った。
「か、かあさん…!?」
ごうとが、信じられないといった様子で、震える声で叫んだ。そこに立っていたのは、紛れもなくごうとの母親(現)だったのだ。
ごうとの母親は、まさか息子と、その隣ににゃももがいるとは思っていなかったのだろう。彼女の顔は、驚きと動揺で歪んでいた。
「ごうと!?お前はなぜここにいるんだ!?それに…隣にいるのは…!」
母親の視線が、ごうとからにゃももへと移った。そして、にゃもものピンク色のジャージとツインテールを見て、彼女はさらに目を見開いた。
「お前は…まさか…新生徒会長!?」
母親の言葉に、にゃももはハッとした。彼女が「新生徒会長」という自分の役職を知っているということは、彼女がこの学園の関係者だということだ。
「ごうとくん…これはいったいどういうことなの!?」
にゃももは、ごうとに問い詰めるように尋ねた。ごうとは、その場で固まってしまい、言葉が出てこない。
「ご、ごめん、にゃもも…母さんは本当は、この学園の先生に化けていたんだ…」
ごうとは、絞り出すような声で告白した。にゃももは、その言葉に再び衝撃を受けた。ごうとの母親が、まさか学園の教師だったとは。
しかし、ごうとと母親の関係性は、学園内では公にはされていなかったのだろう。メタバースの世界では、アバターの姿を自由自在に変えることができるため、血縁関係や人間関係が、現実世界よりも余計に複雑になる原因となることがある。顔や名前、服装を変えれば、別人として振る舞うことも容易なのだ。
(だけど、アカウント情報で読み取れれば、すぐにバレるはずだけど…タイタン校長や、くろとさん、生徒会のメンバーは、このことを知っていたのかしら…?)
にゃももは、タイタン校長や、くろとの態度を思い出した。彼らはごうとのことを「問題児」と認識していたが、彼の背景については深く触れていなかった。もし、彼らが知っていたとしたら、なぜ黙っていたのか。あるいは、知らなかったのか。
ごうともまた、母親が教師だったという事実に、大きな衝撃を受けているようだった。彼の顔には、裏切られたような、あるいは騙されていたような、複雑な感情が浮かんでいる。彼は母親が社会のルールを軽視していることは知っていたが、まさかここまでとは。
それにしても、にゃももにはまだ理解できないことがあった。
(なぜ、メタバース世界での野菜を盗むの?現実世界なら、物価高騰で生活が苦しいから、っていうのは分かるけど…)
このメタバースの世界での「空腹」や「生命機能」は、にゃももにとってまだ馴染みのない概念だった。現実の生活とは異なり、メタバース内での「食べ物」が、一体どれほどの価値を持つというのだろうか。
しかし、ごうとの母親の顔には、切迫したような、必死な表情が浮かんでいた。それは、単なる「生活費をケチるため」というにゃももの推理とは、何か異なる動機があることを示唆しているようだった。
「なぜだ!お母さん!どうして犯罪に走り出すんだ!」
ごうとの叫び声が、夜の学園に響き渡った。彼の声には、悲しみと、そして理解できない母親への怒りが混じっていた。にゃももは、この複雑に絡み合った謎の真相に、一歩近づいたことを感じていた。そして、この事件の背後には、ごうとの過去だけでなく、彼の母親、そしてこの学園の、さらなる闇が隠されていることを予感していた。
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