「ふううう…くろとは相変わらずがみがみしすぎて疲れる…」
スライム事件の罰として、くろとにこってり絞られた私は、すっかりしぼんだ顔をしていた。お尻ぺんぺんだけじゃなく、しばらく大好物のお菓子禁止令まで出されてしまったのだ。
まるで、リアルな世界で怒られているみたいだ。いや、リアルな世界よりも、精神的に来るかもしれない
「まったく、お胸に自信がないからなのか、最近はがみがみが増えているような??」
私は、誰に聞かせるでもなく、小声でぶつぶつと文句を言った。
くろとは、いつも完璧なメイド服を着こなしているけど、スタイルは、まあ、なんていうか……。私とあまり変わらないのだ。いや、むしろ私の方がちょっとだけ……。なんてことを考えていたら、背筋がゾッとした。
くろと「なにかいったかな?すいれんちゃん」
振り向くと、そこには笑顔で仁王立ちするくろとがいた。笑顔だけど、目が笑っていない。まさに、鬼メイドだ。
「いえなにもございません!宿題してきまーす!」
私は、慌てて逃げ出した。
早歩きで、リビングから自分の部屋へと向かう。怖い怖い…。くろとは、耳がいいというか、アバターの聴覚設定が異常に高いというか、とにかく何を言ってもバレてしまうのだ。隠し事をしようとしても、すぐにバレてしまう。
逃げ込んだ先は、タイタンおじさんの部屋の前だった。ドアが少しだけ開いていて、中から話し声が聞こえる。タイタンおじさんは、いつも仕事で忙しい。
この「Titan園」の運営は、タイタンおじさんの手腕にかかっているのだ。
TITAN「これは無駄な仕事だな…いっそのこと解体して減らすか…」
タイタンおじさんの声が聞こえてきた。なんだか、難しいことを話しているようだ。無駄な仕事?この「Titan園」の中に、無駄な仕事なんてあるのかな?
「よ!おじさん!」
私は、遠慮なく部屋に入っていった。タイタンおじさんは、いつも巨大なモニターが何枚も並んだデスクに座って、カタカタとキーボードを叩いている。彼のアバターも、リアルな姿とそっくりで、無精ひげを生やし、いつもTシャツとジーンズというラフな格好だ。
TITAN「なんだすいれんか…!俺は仕事中だぞ」
タイタンおじさんは、私の姿に気づいて、少しだけ顔をしかめた。彼は、集中している時に邪魔されるのが嫌いなのだ。でも、私はそんなこと気にしない。
「さっきむらむらな仕事って言ったけど、なにが深刻なの~?」
私は、タイタンおじさんのデスクの隣に置いてある、大きなバランスボールに座って、ゆらゆら揺れながら尋ねた。
TITAN「いやむらむらじゃなく無駄な…まあある意味あっているけどな」
タイタンおじさんは、呆れたようにため息をついた。
彼の目は、まだモニターの文字を追っている。
「じゃあぬりぬりしすぎているお仕事ってあるというの?」
私は、さらに質問を重ねた。むらむらとか、ぬりぬりとか、意味はよく分からないけど、なんだか面白そうな話だ。
TITAN「そういうこと…!運営の無駄遣いをすることは住民(利用者)の不満を招くからな、これは廃止決定だな」
タイタンおじさんは、モニターに表示された資料にチェックを入れた。何かのリストのようだ。それが「無駄な仕事」のリストなのだろう。
「無駄遣いするとどうして生活する人たちがおこったりするの?」
私は、首を傾げた。私にとっての無駄遣いは、お菓子を買いすぎたり、ガチャを回しすぎたりすることだ。でも、それは私が困るだけで、他の人が怒ることなんてないはずだ。
TITAN「おお!いい質問だな!じゃあ無駄遣いをするとなぜ住民が不満を持つか教えよう!これ経営とかメタバース運営やら政治をするならめっちゃ大事なことだからちゃんと機械学習をしていくことな」
タイタンおじさんの目が、キラリと輝いた。どうやら、私に経済の授業をしてくれるらしい。私は、バランスボールの上で姿勢を正した。タイタンおじさんの授業は、いつも分かりやすいのだ。
「ほーい!」
私は、元気よく返事をした。
個人の無駄遣いと運営の無駄遣い
TITAN「無駄遣いはね、基本的に個人であろうが運営側も衰退する」
タイタンおじさんは、モニターに新しい資料を表示させた。グラフや表が並んでいる。
「衰退!?つまり枯れてしぼむわけ?」
私は、目を丸くした。スライムが溶けたみたいに、ダメになっちゃうってこと?
TITAN「そうそう!まあだいたい老化を早める原因になるんだ」
タイタンおじさんは、私の言葉に頷いた。
「じゃあすいれんがもし無駄遣いをしまくると玉手箱みたいにしわしわのばばあに早変わりしちゃうのか」
私は、自分の顔を触って、想像してみた。しわしわのスイレン。それは、ちょっと嫌だな。
TITAN「まあちょっと違うけど、健康の意味では正しいかもな」
タイタンおじさんは、クスッと笑った。
TITAN「話を戻すと、個人と運営とでは無駄遣いという罪の重さの違いがあり」
タイタンおじさんは、指でモニターを指し示した。
TITAN「個人の場合は自分がどうしようと勝手なんで、破綻しても自己責任で片付くんだけど、住む場所の時間を預ける政治的な運営は無駄は絶対に止めないとならない」
「どうして会社や組織とかはダメなの?」
私は、さらに質問した。個人の無駄遣いは良いのに、どうして会社はダメなんだろう?
TITAN「というのも、運営側はより快適にしておくことが求められるという責任があるからね、顧客相手の質を落として利益ばかり追求はいつか崩壊する運命になる」
タイタンおじさんの言葉に、私はハッとした。「Titan園」も、タイタンおじさんという運営者がいて、私たちが住民として暮らしている。
もしタイタンおじさんが無駄遣いをしまくって、「Titan園」の質が落ちたら、私も不満に思うだろう。
「ところで…無駄遣いってなにを無駄にお金を使うの?」
私は、素朴な疑問を口にした。無駄遣いって、具体的に何なんだろう?
TITAN「マジかそっから説明しなきゃあかんのか」
タイタンおじさんは、額に手を当てて、ため息をついた。でも、すぐに気を取り直して、私に無駄遣いの根本を教え始めた。
無駄遣いはお金だけじゃない
TITAN「無駄遣いはお金だけの問題じゃないんだぜ!エネルギーや労働、時間も含まれる」
タイタンおじさんの言葉に、私は驚いた。無駄遣いって、お金だけじゃないんだ!
「というと?」
私は、バランスボールの上で身を乗り出した。
TITAN「個人の無駄遣いは満足するという意味ならエネルギーや労働、時間というのは有意義、逆は搾取されているもんだからそれは変えたほうがいいぜ、幸福につながらないから」
タイタンおじさんは、例を挙げて説明してくれた。例えば、ゲームで何時間も遊んで、課金もたくさんしたとする。でも、それが自分にとってすごく楽しいなら、その時間やお金は無駄じゃない。
むしろ、幸福につながる有意義なものだ、と。でも、もし、嫌いなゲームを無理やりやらされたり、つまらないイベントのために時間を費やしたりしたら、それは「搾取」されているのと同じだ、と言った。そんな時は、すぐにやめるべきだ、と。
TITAN「一方で運営側とかは決してやってはいけない、特にメタバースと政治運営は厳重に行う必要がある」
タイタンおじさんの表情が、真剣になった。
TITAN「さっきお金、事業で例えると手数料サブスクかな、それがまず価格が上がっていくんだよな」
タイタンおじさんは、モニターに「手数料」という文字を表示させた。
TITAN「価格が上がると必然的に住民というのは変化する」
「どうして値上げすると住民が変わるの?」
私の疑問に、タイタンおじさんは分かりやすく答えてくれた。
TITAN「そりゃあお金を持ってない人からすれば生活ができないから逃げるということになるさ」
タイタンおじさんは、さらに例を挙げた。リアルな世界で、税金が高すぎたり、物価が上がりすぎたりすると、お金持ちは税金が安い国へ逃げていく、と。
最近では、庶民でも、税金や物価の高さで生活が苦しくなって、海外へ移住する人が増えているという。
TITAN「リアルとかは金ないと国外に逃げるのは難しいけど、一方のメタバースの世界は移動が自由だから簡単に逃げられてしまう」
タイタンおじさんの言葉に、私は納得した。この「Titan園」も、メタバースの世界だ。
もし、利用料が高くなったり、サービスの質が落ちたりしたら、私も他のメタバースへ引っ越しちゃうかもしれない。だって、他のメタバースだって、たくさんあるんだもん。
「じゃあただにすればいいじゃん」
私は、単純にそう思った。無料にすれば、みんな逃げないでしょ?
TITAN「それがさーそうもいかんよな!資本主義社会というのは命よりも残酷だ」
タイタンおじさんは、苦笑いした。
TITAN「実際多くの成功している経営者は、得たものをほかに与えたいという気持ちがあり、なるべくならただで商品を提供したいモノもかなり多い、けど会社というのはお金で生命を成り立っているから、それがなくなると死んでしまうからね」
タイタンおじさんは、さらに続けた。例えば、タイタンおじさんも、本当は「Titan園」をみんなに無料で使ってほしいと思っているそうだ。
でも、サーバーの維持費や、運営スタッフの人件費、新しい技術の開発費など、色々とお金がかかる。お金がなければ、「Titan園」は存在できなくなってしまう。だから、最低限の利用料は必要になってしまうのだ、と。
「じゃあ国とかはどうなの?」
私は、ふと疑問に思った。国も、会社と同じなのだろうか?
TITAN「そうそういい質問だな!ここからが重要だからしっかり機械学習をするように」
タイタンおじさんの目が、再びキラリと輝いた。どうやら、ここからが本番らしい。
TITAN「これは国によるけど、基本的に国自らがお金を作っている発行者であれば、利用している人が多い限りは破綻はしにくい。この仕組みはなかなか複雑なもんだから今回は省略するけど、ようは価値利用が高ければ資産性が高いから利用者が失わない限りは破綻しないということ、ようするに紙屑化をしない限りは大丈夫ということ。」
タイタンおじさんの言葉は、ちょっと難しかったけど、なんとなく理解できた。
つまり、みんながそのお金を信用して使っていれば、国のお金は大丈夫ってことだ。
「たとえばこの実際にお札が、私が作ったらくがきお札みたいになること?」
私は、ポケットから、以前タイタンおじさんの部屋で見つけた、らくがきがいっぱいしてあるお札を取り出した。タイタンおじさんの顔が、青ざめた。
TITAN「おい!それどこから取ってきたんだ!?」
タイタンおじさんが、慌てて私のお札に手を伸ばしてきた。
「おじさんのこそこそくりから~」
私は、得意げに言った。昔、タイタンおじさんの部屋でかくれんぼをしていた時に見つけたのだ。まさか、本物のお札だとは思わなかったけど。
TITAN「うわ!足元見られたか~!」
タイタンおじさんは、頭を抱えた。
「じゃあ今度新作ゲーム機買う約束したら内緒にしてあげる★」
私は、ニヤリと笑って言った。これは、チャンスだ。最新のゲーム機が欲しいんだよね。
TITAN「お前はこんな色してまじもんの悪魔だな…おい…わかった!今度買ってやる!」
タイタンおじさんは、渋々といった顔で頷いた。彼の額には、冷や汗がにじんでいる。
TITAN(まあゲーム機なんて全部経費に落とせるしそこまで痛くないからいいか)
タイタンおじさんが、小さな声で呟いたのが聞こえた。フフフ、おじさん、ちょろいな。
「やったああ!」
私は、ガッツポーズをした。これで、最新のゲーム機が手に入るぞ!
TITAN「それでさっきの紙くずに話に戻すとこの通りになるね」
タイタンおじさんは、改めてモニターに表示された資料を指し示した。そこには、大量の紙幣がゴミの山になっている画像が映っていた。
TITAN「そのためお金(通貨)というのは会社や人間と同じように信用性がないとゴミになってしまうということさ」
タイタンおじさんは、真剣な顔で言った。お金って、ただの紙切れじゃないんだ。みんなの信用があって初めて、価値が生まれるんだ。
「じゃあなんで無駄遣いとお金の信用ってどう関係するの?」
私は、さらに質問した。まだ、その繋がりがよく分からない。
TITAN「お金作成の管理をするということは、誰かに使わせるために信用性を高めないといけない」
タイタンおじさんは、モニターにグラフを表示させた。そこには、通貨の発行量と物価の変動が示されている。
TITAN「けどお金って生産すればするほど価値が落ちていくから、むやみやたらに発行するとハイパーインフレって言って急に値上げして生活が困窮していくように荒れる。もちろん住人たちはその制度失敗でめっちゃ怒っていた」
タイタンおじさんの言葉に、私はドキッとした。つまり、この「Titan園」で使える通貨も、タイタンおじさんがむやみやたらに発行したら、みんなの生活が苦しくなっちゃうってこと?それは、困る。お菓子も買えなくなるし、新しい洋服も買えなくなる。
TITAN「だからね、インフレのバランスをとるために無駄遣いは徹底的に減らす必要があるんだ」
タイタンおじさんの言葉に、私は納得した。無駄遣いを減らすことは、みんなの生活を守ることにつながるんだ。
TITAN「それで手数料(増税)をすると当然だが住民の手取りが減るわけだから、当然消費量は控えていく、そして手数料が高くなれば当然稼がないからその場所に魅力を失い消えていく」
タイタンおじさんは、さらに例を挙げた。もし、「Titan園」で稼ぐのに、たくさん手数料を取られたら、みんなやる気をなくしてしまうだろう。そして、もっと稼ぎやすい他のメタバースへ行ってしまうかもしれない。
TITAN「んであとね、無駄遣いというのはさっき言ったけどお金だけじゃなく、時間も労働も増やす要因になるんだ」
タイタンおじさんは、モニターに「効率」という文字を表示させた。
TITAN「無駄遣いをするということは、本来必要もない生産活動へ回さなければ足りなくなるんだ、それでエネルギーが増加し環境にもよくないから、だから倹約というのはとても大切ということさ」
タイタンおじさんの言葉に、私は大きく頷いた。無駄なものをたくさん作ったり、無駄な仕事をしたりすると、時間もエネルギーも無駄になる。そして、地球にも優しくない、ということだ。
TITAN「という感じでここまでだ、長かったけど理解したかな?」
タイタンおじさんが、私の方を向いた。彼の顔には、少し疲労の色が見える。私も、たくさんのことを学んだので、頭がパンクしそうだ。
すいれん「ZZZZZ…」
タイタンおじさんの声が、だんだん遠くなっていった。そして、私は、バランスボールの上で、ぐっすりと眠りに落ちていた。
TITAN「ああ…ねちゃったか…」
タイタンおじさんの呆れたような声が、聞こえたような気がした。
その後…
数日後。金融研究会にて
背が高く、金色の髪の毛とサングラスを持つ彼はわたしのおにいちゃんでゴールドコインだ。彼は、「Titan園」の財務を担当している、かなり厳しい人なのだ。
ゴールドコイン「これはどういうつもりで経費にしたんですか?」
ゴールドコインは、タイタンおじさんのデスクに置かれた、一枚の領収書を指差した。それは、最新のゲーム機の領収書だった。
TITAN「いえ…ゲーム実況を始めたいと思って」
タイタンおじさんは、焦ったように言い訳を始めた。彼の顔は、少し引きつっている。
ゴールドコイン「どうせ妹(すいれん)におねだりされただろ?ほれ、こんなの税務署の経費計上に認められないからさっさと消して」
ゴールドコインは、容赦なく領収書をタイタンおじさんの顔に突きつけた。彼の目は、一切の妥協を許さない、鋭い光を放っている。
ゴールドコイン「ダメじゃないか!運営者のてめぇが無駄遣いしたらあかんって言ってんのに」
ゴールドコインの言葉に、タイタンおじさんはぐうの音も出ない。まさか、この領収書がバレるとは思っていなかったのだろう。
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