「ふううう…くろとは相変わらずがみがみしすぎて疲れる…」
前回のスライム事件の懲罰は、いまだに私の心に重くのしかかっていた。お菓子禁止令は解除されたものの、くろとの「お小言」は、日を追うごとにエスカレートしている気がする。まるで、私の行動を全て見透かしているかのように、どこからともなく現れては、私の胸元に手を当てて「ダメよ、すいれんちゃん」と諭してくるのだ。そのたびに、私は身を縮こまらせて、逃げ場を探す羽目になる。
「まったく、お胸に自信がないからなのか、最近はがみがみが増えているような??」
私は、リビングのソファで、タイタンおじさんが20年後になった廃人ごっこをしていた。ぐったりとソファに沈み込み、モニターから目を離さないタイタンおじさんのアバター。私の未来の姿がこうなるのかな、なんて想像しながら、私は彼を観察していた。すると、タイタンおじさんの横で、くろとがニコニコと立っているのに気づかなかった。
くろと「なにかいったかな?すいれんちゃん」
その声は、優しげなのに、背筋が凍るほど怖かった。私は、反射的に口を閉じた。まずい、また聞いていたのか。くろとの聴覚は、本当に恐ろしい。アバターの聴覚設定を最大にしているとか、どこかで聞いたことがあるけど、本当なのだろうか。
「いえなにもございません!宿題してきまーす!」
私は、慌ててソファから飛び降り、自分の部屋へと向かうふりをした。早歩きで、リビングから遠ざかる。逃げてきたつもりで早歩きだけど、くろとの目は、きっと私の背中に突き刺さっていることだろう。
すると、タイタンおじさんの部屋のドアが少し開いているのが見えた。普段は、鍵をかけて仕事をしているのに、珍しい。私は、そっとドアの隙間から中を覗き込んだ。タイタンおじさんは、いつものように巨大なモニターに囲まれて、カタカタとキーボードを叩いている。
TITAN「これは無駄な仕事だな…減らすか…」
タイタンおじさんの声が聞こえてきた。また、難しいことを考えているようだ。無駄な仕事?先日、私に教えてくれた「無駄な労働は衰退を招く」という話だろうか。彼は、本当にいつも「Titan園」のことを真剣に考えている。
「よ!おじさん!」
私は、ドアを大きく開けて、部屋に入っていった。タイタンおじさんの仕事中に邪魔するのは、もう慣れっこだ。
TITAN「なんだすいれんか…!俺は仕事中だぞ」
タイタンおじさんは、私の姿に気づいて、少しだけ顔をしかめた。だけど、すぐに集中していたモニターから目を離し、私の方を向いてくれた。彼の目は、少しだけ疲れているように見えた。
「さっきむらむらな仕事って言ったけど、なにが深刻なの~?」
私は、タイタンおじさんのデスクの隣にある、座り心地の良さそうなゲーミングチェアに飛び乗った。ふかふかで気持ちいい。
TITAN「いやむらむらじゃなく無駄な…まあある意味あっているけどな」
タイタンおじさんは、苦笑いした。彼の顔は、いつも眠たそうだけど、今日は特にそうだ。
「じゃあぬりぬりしすぎているお仕事ってあるというの?」
私は、さらに食い下がった。昨日、タイタンおじさんが「無駄な仕事は、まるで壁を塗るように、塗っても塗ってもキリがないんだ」と言っていたのを思い出したのだ。
TITAN「そういうこと…!運営の無駄遣いをすることは住民の不満を招くからな、これは廃止決定だな」
タイタンおじさんは、モニターに表示された資料にチェックを入れた。何か、この「Titan園」のサービスに関するものだろうか。
「えー!?メタバースにいるんだからネットでいいでしょうよー!」
その時、突然、背後からくろとの声が聞こえた。いつの間に、私の後ろに立っていたのだろう。
くろと「配達はガス代が高くなっちゃうの!」
くろとは、困ったような顔で言った。ガス代?メタバースの世界に、ガス代なんてあるのだろうか?私は、首を傾げた。
「ガス代?へ!ケチケチしたいからガスだまりが発生するんだな!」
私は、思わず口走った。ガスだまりって、お腹にガスがたまることだよね?だから、くろとはケチで、お腹にガスがたまって、膨らんでるのかな?なんて、勝手に想像して、ちょっと笑ってしまった。
その瞬間、私の頭に、ゴツン!と痛みが走った。そして、隣にいるタイタンおじさんの頭にも。
すいれんとタイタンはげんこつを喰らった。
くろと「贅沢は言わないの!メタバースの前になるリアルではお金がかかるんだから」
くろとは、腕を組み、仁王立ちになった。彼女の目が、私とタイタンおじさんを交互に睨んでいる。
TITAN「なんで俺までなんだ…」
タイタンおじさんは、痛そうに頭をさすった。彼は、全く身に覚えがないといった顔だ。
くろと「あなたが「どうせめんどくさがりになるから、配達で儲けようぜうへへ~」とかでして手数料を取っているせいだからね?」
くろとは、タイタンおじさんを指差して言った。タイタンおじさんは、まさかそんなことをしていたなんて。
TITAN「ばれたか」
タイタンおじさんは、観念したように肩をすくめた。どうやら、本当に配達の手数料を取っていたらしい。この「Titan園」で何かものを注文すると、追加で手数料がかかるのは知っていたけど、それがタイタンおじさんの儲けになっていたとは。
「やれやれだよ~!金に目を喰らうとろくなことにならないのに、おかげさまで私がお使い行くはめに」
私は、呆れたようにため息をついた。タイタンおじさんのせいで、私がくろとからおつかいを頼まれることになったのだ。
くろと「ということだからタイタン様もおつかい行ってきてー!」
くろとは、タイタンおじさんに、きっぱりと言い放った。
TITAN「えー!?なんで雇用主の俺が行かなくちゃならんだ!金も待遇も払っているのに…」
タイタンおじさんは、不満そうに声を上げた。
くろと「ここんとこ、にゃももさんに生徒会の運営を丸投げして、生活習慣もだらけすぎているんだから、しっかりしてもらうためですよ…」
くろとの言葉に、タイタンおじさんはぐうの音も出ない。確かに、最近タイタンおじさんは、生徒会の仕事をにゃももに任せっきりで、自分はゲームばかりしている時がある。夜遅くまで、変なアバターとダンジョンに潜っていたりするのだ。
TITAN「たまには休んでいいじゃないか…」
タイタンおじさんは、小さな声で呟いた。
くろと「というわけでこれ、よろしくお願いいたします!あとワープなしで歩いて行ってくださいね!」
くろとは、私たちにメモと買い物かごを差し出した。そして、とどめとばかりに、ワープ機能の使用禁止を言い渡した。
TITAN「メタバースという世界なのに紙と徒歩って…」
タイタンおじさんは、心底うんざりした顔で呟いた。私も同感だ。せっかくのメタバースなのに、リアルと同じように歩いて買い物に行くなんて、なんだかもったいない気がする。
「メタバースという世界なくせにおじさんのあしくさはなぜ反映されるんだ…」
私は、ふと疑問に思ったことを口にした。タイタンおじさんのアバターは、リアルな彼を忠実に再現している。ということは、足の臭さも再現されているのだろうか?
TITAN「実装してないのに風評被害するなー!」
タイタンおじさんは、顔を真っ赤にして反論した。どうやら、図星だったらしい。フフフ、やっぱり臭いんだ。
こうして、私とタイタンおじさんは、くろとからの「おつかい」というミッションを背負い、近くのスーパーへ向かうことになった。私たちの住むエリアからスーパーまでは、歩いて約15分。リアルな世界だったら、なんてことない距離だけど、メタバースの世界で歩くのは、なんだか新鮮だ。
TITAN「はあ…メタバースという夢の世界なはずなのに、どうしてこうもリアルに惹かれるんだか…」
タイタンおじさんは、道の途中でも、ぶつぶつと文句を言っている。彼の言う「夢の世界」というのは、きっと、何でも思い通りになる、自由な世界のことなのだろう。でも、くろとの「おつかい」は、まるで現実世界での日常のようだ。
「いまどきこんな鬼嫁はこの世に存在するのか…」
私は、タイタンおじさんの隣を歩きながら、ニヤニヤと笑った。くろとって、本当にタイタンおじさんの奥さんみたいだもん。いつも世話を焼いているし、怒っている時も、なんだかんだでタイタンおじさんのことを考えているのが分かる。
TITAN「誤解を招くからやめてくれ…あとくろととは結婚じゃなく雇用関係だからなすいれん」
タイタンおじさんは、慌てて否定した。彼の顔は、真っ赤になっている。フフフ、面白い。
「でもさ、おじさんとくろとって、いつも一緒にいるじゃん。まるで夫婦みたいだよね!」
私は、さらにからかってみた。タイタンおじさんは、ますます顔を赤くして、私から目を逸らした。
TITAN「ば、バカなことを言うんじゃない!俺は独身主義者だ!」
タイタンおじさんは、必死に否定した。でも、その声は、どこか動揺しているように聞こえた。
私たちは、他愛もない会話をしながら、スーパーへと続く道を歩いた。道の両脇には、様々なアバターが暮らす家が並んでいる。どれもこれも、個性的で、見ているだけでも楽しい。中には、リアルな家を忠実に再現したアバターもいれば、ファンタジーに出てくるようなお城のような家を建てているアバターもいる。
この「Titan園」は、本当に自由な世界だ。だからこそ、くろとからの「おつかい」のように、リアルな生活に近い体験ができるのは、なんだか新鮮で、面白い。
スーパーの入り口が見えてきた。ガラス張りの自動ドアが、私たちを中に誘っている。中からは、賑やかなBGMが聞こえてくる。
TITAN「よし、着いたぞ。さっさと済ませて帰るか」
タイタンおじさんは、ため息をつきながら言った。彼は、早くこの「おつかい」を終わらせたいようだ。
「ねえおじさん、おつかいが終わったら、アイス買っていい?」
私は、目をキラキラさせてタイタンおじさんを見上げた。スーパーに来たら、やっぱりアイスは外せない。
TITAN「はあ?お前はさっきから金のことばかりだな…」
タイタンおじさんは、呆れたように言った。でも、彼の顔は、少しだけ緩んでいるように見えた。
「だって、おつかい頑張ったら、ご褒美いるじゃん!」
私は、タイタンおじさんの腕にしがみついた。
TITAN「わかったわかった!もう!一つだけだからな!」
タイタンおじさんは、結局、私の要求を呑んでくれた。やった!これで、アイスが食べられる!
私たちは、買い物かごを手に、スーパーの中へと入っていった。店内は、リアルなスーパーと全く同じだ。新鮮な野菜や果物、お肉、魚、そして、色とりどりのお菓子がずらりと並んでいる。
「うわー!美味しそう!」
私は、お菓子コーナーに目を奪われた。見たことのないお菓子がたくさんある。
タイタンおじさんは、くろとから渡されたメモを片手に、真剣な顔で品定めをしている。彼は、普段あまり買い物に行かないから、少し戸惑っているようだ。
くろとのメモには、「牛乳、卵、食パン、納豆、野菜(キャベツ、トマト)、お肉(豚バラ)、お菓子(スイレン用、タイタン用)」と書かれていた。私用のお菓子がちゃんと書かれているところが、くろとの優しいところだ。
タイタンおじさんが野菜コーナーでキャベツを手に取り、匂いを嗅いでいる。
TITAN「うーん、なんか新鮮じゃないな…」
タイタンおじさんは、首を傾げた。メタバースの野菜なのに、新鮮かどうか分かるなんて、すごいな。
「おじさん、こっちのトマトの方が赤くて美味しそうだよ!」
私は、真っ赤なトマトが並んだ棚を指差した。
TITAN「お、本当だな!すいれんは目が肥えてるな」
タイタンおじさんは、私が指差したトマトを手に取った。彼は、私に褒められると、なんだか嬉しそうだ。
豚バラ肉のコーナーでは、タイタンおじさんが真剣な顔で肉を選んでいた。
TITAN「うーん、脂身が多い方がいいか、それとも赤身が多い方がいいか…」
タイタンおじさんは、悩んでいるようだ。そんなに真剣に選ぶなんて、まるで料理の達人みたいだ。
「おじさん、あたしはどっちでもいいから、早く決めてー!」
私は、お腹が空いてきて、少しイライラしてきた。早く買い物を終わらせて、アイスが食べたいのだ。
TITAN「わかったわかった!もう!これにする!」
タイタンおじさんは、適当に豚バラ肉を買い物かごに入れた。
最後に、お菓子コーナーへ。ここが、私の一番のお楽しみなのだ。タイタンおじさんは、「一つだけだからな」と言っていたけど、どれにしようか迷ってしまう。チョコ味のクッキーも美味しそうだし、イチゴ味のポテトチップスも気になる。
「おじさん、どれがいいかなー?」
私は、タイタンおじさんに助けを求めた。
TITAN「お前が好きなやつでいいだろ…」
タイタンおじさんは、呆れたように言った。
私は、悩みに悩んで、最終的に、キラキラしたパッケージの「魔法少女キャンディ」を選んだ。これなら、きっと魔法少女になれるはず!なんて、ちょっとだけ期待しちゃう自分がいる。
こうして、私たちのおつかいは無事に終わった。レジで会計を済ませ、スーパーの出口に向かう。
TITAN「これで、くろとにも文句言われないな」
タイタンおじさんは、ホッとしたように呟いた。彼の顔には、疲労と安堵の表情が浮かんでいる。
「ねえおじさん、早くアイス食べよ!」
私は、さっそく魔法少女キャンディの袋を開けて、一つ口に放り込んだ。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
私たちは、スーパーを出て、家へと続く道を歩き始めた。夕日が、「Titan園」の街並みをオレンジ色に染めている。
「はあ…メタバースなのに、こんなに疲れるとはな…」
タイタンおじさんは、再びため息をついた。
「でも、なんか面白かったね、おじさん!」
私は、ニッコリ笑って言った。リアルな買い物も、メタバースで体験すると、なんだか新鮮で楽しいものだ。
TITAN「まあな…」
タイタンおじさんは、苦笑いしながらも、私の言葉に頷いた。
こうして、スイレンとタイタンおじさんの「おつかい」という名の冒険は、幕を閉じたのだった。明日も、きっとこの「Titan園」で、何か面白いことが起こるに違いない。私は、そう確信していた。
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