タイタンとすいれんは、賑やかなスーパーマーケットの入り口に立っていた。Virtualprimitiveが生み出したこのメタバース空間では、ネットスーパーやECサイトとは異なる、現実さながらの買い物の楽しさがそこにはあった。ずらりと並ぶ色とりどりの商品、漂う香ばしい匂い、そして人々の活気ある声。それは、ただ物を買うだけでなく、五感で味わう体験そのものだった。
「ねぇ、タイタンおじさん!あそこにチョコクレープがあるよ!」
すいれんが指差す先には、焼きたてのクレープが山と積まれている。甘い香りが、まるで誘うように鼻腔をくすぐった。
タイタンは苦い顔で首を振った。 「すいれん、今月はもう金遣いすぎたんだ。悪いけど、クレープはまた今度な。」
すいれんは頬を膨らませた。 「またー?どうせ事業関連で金の無駄遣いしたんでしょう?」
「いや、経費削減はしたんだよ。した、んだけど……それでも、なんだかんだで出費が重なっちゃってな。」
タイタンは言葉を濁したが、その顔にははっきりと「懐事情が厳しい」と書いてあった。
「買って買ってー!」
すいれんは、かつての子供時代を思い出すような、分かりやすい駄々をこね始めた。しかし、その声はどこかコミカルで、本気で怒っているわけではないのが見て取れた。
「すいれん、お前ももう10歳だろ?さすがにその駄々は、もうやめとけって。」
タイタンは苦笑いしながら、すいれんの頭を優しく撫でた。
すいれんはパッと顔を上げた。 「じゃあさ、タイタンおじさん!私がお金稼げばいいんだよね?小学生でも大金稼いだり、起業したりって、できるんでしょ?」
その言葉に、タイタンの表情が曇った。遠い目をして、彼は天井を見上げた。
「世の中な……価格競争だの、完璧主義っていう、まるで病気みたいな風習があって、稼ぎにくくなってるんだよ。その国や国民の仕組みがな……」
タイタンの口からこぼれたのは、いつもの飄々とした態度からは想像もつかないような、重苦しい日本の現状だった。経済の停滞、少子高齢化、そして未来への不安。彼が背負う「Virtualprimitive」の成功も、そうした社会の仕組みの中での、あくまで一部の光に過ぎないのかもしれない。
すいれんは、タイタンの背中から滲み出る、諦めにも似た重い雰囲気を察した。 「真鍮お察しいたします……」
子どもながらに、何かを感じ取ったのだろう。すいれんは、おもちゃを買うという当初の目的を、あっさりと諦めた。その小さな背中が、どこか大人びて見えた。
その時だった。店内に、けたたましいアナウンスが響き渡った。
「ただいまより!半額セールを行います!今日はステーキがなんと……」
メタバースである「TITAN園」の世界は、第2世代3DCGを軸としているため、リアリティが追求されている。食品も現実さながらに腐るように仕組まれていた。そのため、売れ残って捨てるよりは、半額にしてでも売りさばくのが得策なのだ。
タイタンの目が、光った。 「なぬ!?ステーキが半額だと!?これは家計見逃したらあかん!」
彼の顔から、先ほどの重苦しい雰囲気は一瞬で消え失せた。まるで金色のオーラをまとっているかのように、その場に釘付けになる。
「うわ!」
すいれんの驚きの声もかき消されるほど、タイタンは猛然と肉売り場へと突進していった。
数分後、戦いを終えたかのような達成感に満ちた顔で、タイタンはカートに巨大なステーキ肉を抱えて戻ってきた。
「なんとかステーキを確保できた!しかもデケェ!」
満面の笑みを浮かべるタイタンを見て、すいれんは心の中でそっと呟いた。 (昭和・平成時代生まれの人って、どうして金に目をくらむ人が多いんだろう……)
こうして、タイタンとすいれんの買い物は終わりを告げた。
家に帰り着くと、メイドのくろとが玄関で出迎えた。いつものように、買ってきた商品を検品しようと、カートの中を覗き込む。
そして、その目に飛び込んできたのは、ひときわ目を引く巨大なステーキ肉だった。くろとの顔に、困惑の色が広がった。
「……なんでステーキを買ったんですか……」
呆れたような、しかしどこか諦めにも似た表情で、くろとは言った。最近、タイタンの生活水準が、どうもおかしくなっていることに気づいていたからだ。
無駄遣いが多いわけではないが、突発的な衝動買いが目立つ。それは、日々の生活を管理するくろとにとって、頭の痛い問題だった。
タイタンは、悪びれる様子もなく、へへっと笑った。 「いやー、食べたくてつい!」
その言葉に、くろとは深いため息をついた。今日のご飯は、ステーキに決まったらしい。しかし、いくら半額だったとはいえ、こんな大きな肉を衝動買いするあたり、タイタンの金銭感覚は、やはり少しずれているのかもしれない。
コメント