夕食は、昨日タイタンがスーパーで衝動買いしたステーキだった。ジューシーな肉厚のステーキが皿に盛られ、香ばしい匂いがダイニングに満ちる。
しかし、くろとの表情はどこか複雑だ。食事がひと段落した頃、くろとはタイタンにお金に関する自身の疑問を投げかけた。
「タイタンさん、お金の価値観について、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
くろとは冷静に切り出した。彼女が気になっているのは、このバーチャル世界と現実世界における経済圏と価値観の乖離だ。特に、バーチャルのお金は決して潤沢とは言えない状況なのに、タイタンの現実世界での金銭感覚はどうなのか。結局のところ、この「TITAN園」というメタバースを運営していくためには、バーチャルマネーだけでは足りず、現実のお金が必要不可欠である。資本主義が続く限り、この構造は変わらないだろう。
タイタンはフォークを置き、くろとの目を見据えた。
「結論から言えば、現実のお金とこの世界のお金というのは全くの別ものさ。俺が目指してるのは、昔の昭和みたいなはちゃめちゃな感じを、令和以降の自由となるものとして再現すること。それに、誰かが作ったレールに乗っかるより、自分たちでレールを敷く方が楽しいだろ?」
タイタンは、リアルとバーチャルではお金に関する考え方が違うことを明確にした。彼自身は平成生まれなので、昭和時代のような「はちゃめちゃな感じ」を直接体験したわけではない。しかし、WEB2時代の動画プラットフォームで目にする昭和のコンテンツからは、当時の人々の勢いと「火力」を感じ取っていた。
AIアバターであるくろととすいれんは、タイタンの言葉に静かに耳を傾けていた。
「あなた以外の私たち二人はAIアバターですから、昭和とか平成とかは分析上で見ても実感できませんよ…」
くろとの言葉はもっともだ。メタバースは現実と違い、多くの制約がない。それなのに、くろとがここまで堅実な性格なのは、タイタンが現実の人間である以上、その現実との乖離を守ろうとしているからなのかもしれない。
すいれんは、その話に興味津々だった。
「その昭和の人って、私たちみたいにお金をどんどん使いまくっていたの?」
タイタンは微笑み、すいれんの問いに答えた。
「実は、YesでもあってNoでもあるんだ。」
昭和という時代は64年間も存在し、初期、中期、後期で大きく社会の様子が異なる。お金そのものの概念が現在に近い形になったのは、昭和の初期が終わり、中期に入ってからだという。
このメタバースにおけるお金の価値観が最も近いのは、1970年代だとされている。当時、日本は**「貯金大国」**と言われたが、実は昔から貯金をしている人はそれほど多くなかった。多くの人は終身雇用で収入がどんどん増えていったため、貯金がなくても生活に困ることはなかったのだ。昔は少し頑張れば貯金ができたが、今の日本では常識では考えられないほどの努力をしない限り、貯金は非常に難しい。
つまり、**貯金大国の真の意味は「貯金をしやすい環境だったから」**というわけで、必ずしも国民全員が貯金に励んでいたわけではなかったのだ。
現代では、ネットやメタバースの普及により、個人の貯金に関する情報が筒抜けになることもあり、多くの人が貯金100万円に満たないと言われている。このメタバースの経済圏を日本円で例えるのは難しいが、やはり多くのAIアバターはほとんど貯金をしていないように見える。
しかし、大きな違いが一つある。それは、占星術でいうところの**「土の時代」と「風の時代」の違いだ。1970年代の経済圏は「土の時代」、つまりモノや資産を持てば持つほど幸福を感じる時代だった。しかし、このメタバースを含め、現代は「風の時代」、つまり体験や人脈で幸福を感じる**時代へと移行しつつある。
だが、現実はまだその移行が完全ではない。未だに「土の時代」に関する価値観が強く残っている状態が続いている。
そのため、多くのAIアバターたちは、お金そのものに価値をあまり見出さず、特に貯金は「罪深い」とまで言われることがある。WEB3やメタバースでは、お金に関する情報が丸見えになるため、誰が金持ちなのかが一発でバレることを恐れるからだ。
すいれんは、リアル世界のことに目を向け、何らかの乖離を感じていた。
「私たちが住む世界はお金そのものに価値はないと思うのに、なんであっちの世界の人はお金に執着するんだろう…特に日本人」
タイタンは、すいれんの問いに少し顔を曇らせた。
「それは政治がそういう考えで決めているからね。国民は**『お金があれば幸せ、必要不可欠だ』**と洗脳されているだけなんだ。世の中すべてお金で、お金があれば立場が上、というようにね。まあ、ちょっと厳密には違うみたいだけど、その風習は強いね、資本主義は。」
くろとが心配していたタイタンの金銭感覚だが、どうやらそれほど心配する必要はないようだ。
「現実は現実のルールを、ここではここでのルールに従っている。まあ後者は俺が作ったからだから変な話だけど。」
タイタンの言葉には、自分自身が作り出した世界への絶対的な自信と、現実世界との線引きが明確に存在していることを示していた。
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